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それは本当に「諦め」なのか

お疲れ様!
今日はまたまた森博嗣さんの作品。「諦めの価値」という本について紹介します!
むちは何かを諦めたことがありますか?何か諦められないことがありますか? 
「諦める」って、部活とかで「そのボール諦めんなぁぁぁ!」みたいな感じで、あまり良い意味には使われてこなかったよね。でも、諦めるを切り口に人生を考えてみるのも面白いと本書を通して思いました。

1諦めるとはエネルギーを捨てること


あきらめるとは何か、それはそこに投じた時間とか労力(つまりエネルギー)を捨てること。
私たちは何かをやめようと決断をする時、今までかけてしまった時間や労力、つまりエネルギーをどうしても考えてしまう。それであきらめられなかったりするよね。
仕事を辞められないのもまさにこれ。やめてしまうと、今までの自分て何だったの…ということになる。私はもう2回仕事を辞めているけど、まさに、やめたら今まで蓄積したものが…みたいな気持ちは常にあったよね。でも全然どちらの選択も全然後悔していないし、諦めたというより、別の道を選択した、という感覚に近い。今まで注いだエネルギーを気にしていたら、前に進めないよね。

2それは本当に「諦め」なのか


よく、「昔好きだった〇〇さんのことが諦められない」とか、「〇〇という職業に就く夢が諦められない」とか、「自分はもっとビックになれるんじゃないかとあきらめられない」みたいな話ってよくあると思うのね。でも、森さん曰く、これは諦め以前の話。
こういう、ふわふわとした夢みたいなものって、考えることが考えることや行動することが圧倒的に足りてないらしい。確かにほんとその通りだなと思った…
結局、ふわふわし続けてる願望や夢って、かんがえてなかったり行動してなかったりするからいつまでもふわふわしてるんだよね。ここで、1歩でも2歩でも進んでみると、その夢が鮮明になってきて、自分が向かっていく道が見えてくるよね。
だから、こういうふわふわした夢みたいなものをあきらめるあきらめないみたいな考えること自体を諦めたほうがいいのかも(笑)
この考えは結構刺さりました。

3古い価値観をあきらめる パラダイムシフト


何をあきらめるかの究極が「パラダイム」だと森さんは言う。パラダイムとは、ある時代や分野においての支配的規範となる「物の見方や捉え方」のこと。
私たちは、これだけ変化の影強い時代の中に生きているから、「パラダイム」は数年単位、10年単位で確実に変化している。
きっと私たちが10、20代の時に支配されていたパラダイムと、これからのパラダイムは違う。だから、10代、20代の頃のパラダイムをあきらめる事は、確かに10代、20代の頃の時間や労力を捨てることにもなってしまうのだけど、人生100年時代において、この古い価値観やパラダイムを諦めていくと姿勢はとっても大事。過去をみずに、今や未来をみよう!
よく考えて時代を読んで、自分の中のどんな古い価値観や考え方を諦めていたほうがいいのか、戦略的に考えていたほうがいいなと思いました!

ではでは今日はこの辺で!まる

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