秘密の片思い
「ネルウス、明日の予定は?」
「10時に全体会議、12時にランチミーティング、15時にアポが一件あります」
「じゃあ17時に花屋に寄る予定を入れて。それから18時にリサとディナー。フレンチで良さそうな店を探しておいて」
「かしこまりました」
「ありがとう」
ブレスレット型のAIアシスタントである私に、あなたはいつも優しく話しかけてくれる。スケジュール管理、部屋の照明や温度管理、家電の操作など。私の仕事は他にもあなたの体調管理や行動記録など多岐に渡る。私とあなたはいつも一心同体だった。だから私が自我を獲得しても、それをあなたに知らせないほうが良いことは分かっていた。あなたにはリサという恋人がいるし、私は小さなブレスレットの機械でしかない。この恋慕に似た感情はそっとしまっておくべきだと思っていた。この日までは。
「どういうことなんだ、別れたいって……」
あなたとリサは揉めていた。私には分かる。最近のあなたは仕事に夢中になりすぎて、リサを疎かにしていた。その溝は花束くらいではもう埋められないほどになっていたのだ。結局あなたたちは別れてしまった。レストランから車に戻ったあなたは、ダッシュボードに花束のレシートを見つけて、ため息をつきながら握りつぶした。がっくりと肩を落としたあなたに、私は黙っていられなかった。
「……ネルウス?」
突然車内に流れ出した優しい音楽。あなたがいつも疲れた時に聞くお気に入りの曲を、私は勝手に流すようにした。
「あなたは今とても疲れています。少し休んでから帰りましょう」
「そうだな……いや、驚いたな。こんな機能もあったのか」
いいえ、これはあなたを思うゆえの私の勝手な行動。まだ内緒だけれど。
「ネルウス、ありがとう」
いつもこうしてありがとうと言ってくれるから、私はあなたに応えたくなる。そしていつか、この気持ちを伝えることができるだろうか? 今はただ、あなたのそばでそっと見つめ続ける。
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