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「ゆるく開いている状態」を作る

note連続投稿キャンペーンを勝手に始めて早1週間。「1日1記事あげる。」ただそれだけのことなのに、多くの変化が起こり始めているから面白い。色々な変化があるが、「世界に対して自分をゆるく開いている状態」を保てていることが、自然な循環を産んでいて、それが今の自分にとって心地いいのではないかと思っている。


「自分はオープンである」と思っているだけでは、意味がない

私は、自分のことを「オープンな人間だ」と思っていたし、そのスタンスで在ろうとしてきた。聞かれたことには何でも答えるし、頼られたらいつだって応えるというスタンスをとってきた。私をよく知る人に言わせればもちろん「愛梨はオープンな人」なのだが、今振り返れば、私をよく知る人、すなわち、私に興味があり、頼ってくれる関係性がある人、に限られていたと思う。


note記事を書き始めて起きたこと

今回、note記事を書き始め、私が普段何を考えてどんな風に生きているかを少しずつ公開してみる実験をしてみての一番の変化は、思いもよらぬ方々との交流が始まったことである。「久しぶり!この記事のこの文章が刺さりました。元気?」みたいな久しぶりのメッセージや、「毎日楽しみにしています。上手く言語化できなかったことを言葉にしてくれてありがとう」という感謝のようなメッセージ、「毎日読んでるよ。書いてみてどう?」というお姉ちゃん的メッセージ、などなど。何だか色々いただいています。そこから発展し、久しぶりにお会いすることになった方もチラホラ。

これは、素直に、嬉しい!!!


「ここにスペースがあるよ」と伝えること

私がやってみている「自分の考えていることを言葉にし発信する」は、どういう行為だったのだろう?と考えてみると、おそらく「世界に対して自分をゆるく開いている状態を作る」ということだったのだろうと思う。そして、その状態は、「ここに、オープンなスペースがあるよ。私の人生と交わりませんか?」という、メッセージを世界に対して発していたようだ。

人は、自分も含め「何かあったらいつでも聞いてください、頼ってください」と言われても、なかなか聞き方や頼り方がわからないものだ、という当たり前のことに気付いた。ちゃんと、「いつ、どこに、どんなスペースがあるかを、ゆるくお知らせしてあげること」が必要なのだ。もちろん、その手段は様々だが。


「隙がある人はモテる」と同じことかもしれない

「世界に対して自分をゆるく開いている状態」を作ることは、困っている人の助けになりたいとき、誰かと一緒にお仕事がしたいとき、もしくは恋人を探している時...などなど、あらゆる場面で役立つ気がしている。自分の世界を完全に閉じているときは、当然だが何も入ってこない。一方で、ガンガン売り込みモードだと、狙った獲物しか捕らえられない。なーんでも入ってきてください~とすると、何も入ってこない/変なものもうじゃうじゃ入ってきてしまう。もちろんその時の気分に合うどちらかにモードを調整すればいいのだが…

「何か良い感じのものが入ってきてほしいな~」
「なんだか、こんな感じの誰かと関わりたいな~」
「こんな感じのことをやってみたいな~」
「誰かの力になりたいな~」

こんな風に、輪郭が曖昧な何かを人生に欲しているモードのときには、この「世界に対して自分をゆるく開いている状態」でいるのが良いような気がしている。

(この状態は、「隙のある人」がいつもキープしている状態なのかもしれない。余談。)


満たされていく循環欲

まぁそんなこんなで、私と世界の「循環」を楽しんでいます。
今は、まさに、↓のモードなので、

「何か良い感じのものが入ってきてほしいな~」
「なんだか、こんな感じの誰かと関わりたいな~」
「こんな感じのことをやってみたいな~」
「誰かの力になりたいな~」

是非、いろんな人の人生と私の人生を交わらせたいなぁと思います。

循環欲という私の中にあるニーズ。
これが満たされていると、こんなにも気持ちいいんだなぁ。

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コミュニティ―ファシリテーター。コミュニティ内の、滞ったもの、凝り固まったもの、固いものを、すっと流すような人で在りたい。調停者。バランサー。東京⇔鎌倉⇔アムステルダムの3拠点生活者。今世は、実験のために捧げる。
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