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その16:紛い者の万年筆

万年筆がタイトルに付く歌がある。 
2018年にデビューした青森県出身の3ピースバンド SWALLOWの3rdシングル「紛い者の万年筆」 (2021年) だ。
厳密に言えば、元のバンド名 「No title」では11曲のデジタルシングルが出ており、2020年に「SWALLOW」へと改名してからの3枚目のシングルに当たる。
この曲は、三沢市出身の彼らが青森の冷たい冬の空気をイメージした楽曲で、工藤帆乃佳 (Gt.Vo)が作詞・作曲・アートワ ーク、安部遥音(Gt)が編曲を担当。YouTubeでもMVが公開されている。
曲調は青春の焦燥感を想起させる今時の才能(今回は曲へのフォーカスがメインではないので簡易に割愛)で、歌詞を見るとタイトルに反して「万年筆」という言葉が見当たらない。そこにあるのは「ペン」だった。楽曲のストーリーも万年筆よりは主人公の焦燥感が綴られているものだった。
考えると「万年筆」 という言葉の音 「まんねんひつ (MA-N-NE-N-HI-TU)」は、歌詞の中では韻を踏む扱いが難しいと思う。二文字目と四文字目の「ん(N)」が弾みになる反面で音を押さえつける作用でもある。
この「ん」の連続を当て込むよりは 「ペン(PEN)」の一回でNを済ませる使い方が歌詞の流れとしては得策であろう。
またタイトルにだけ「万年筆」を持ってきたのは、詩句としての「万年筆」が機能している。紛い者と卑下する焦燥感を綴る意味合いとして、深いイメージを残せるシンボリックなアイテムになっている(詩句としての万年筆については、拙文のその5で俳句を取り上げた折に触れている)。文字バランスとしても 「紛い者の...」と漢字とひらがなの繰り返しから始め、後半3文字の「万年筆」という漢字三文字をアンカーのように重く印象に置く形が奏している。
余談かもしれないが、「紛い者」は本来だと使わない。正しくは「紛い物」。ただ、そうなると万年筆を指してしまうため、あくまで卑下する主人公を指すなら「紛れ者」が正解。しかし、そこを「紛い者」にしたのは紛れもない詩的センスである。
この歌詞の世界では、心情を描く比喩的なツールとしてのペンが登場する。それはインクを流して文字を書くものではない魔法の杖のようである。それもまた詩情だ。
さて、こうは述べたが実際は全く異なる意図で作られたことが往々である。いろんな解釈、勘繰り方が出来るのが創作物を鑑賞する醍醐味で、捉え方はご愛嬌なのだ。
若い才能が万年筆に託した詩情。万年筆を詩句として機能させるに至ったのは、今日まで使い続けて価値を高めてきた愛好家たちの日々の賜物です。
この曲を聴いて、皆さんはどんな万年筆を思い浮かばせることでしょうか。私は、重厚感のある高価な金ペンより安価で若者が気軽に使える鉄ペンを思い浮かばせた。


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