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君の放つ冬の星座 第三夜☆(4)

199☆年 霜月、夜


 望月に感謝されるようなことなど俺は何もしていない。役立たずで、サッカー部でも適当で、隣で立っているだけなのに。
(……太谷だったら、もっと気の利くことを言うのかな)
 寒いねとはしゃぎながら笑顔を見せる望月に、何が出来るのだろう。
「下らない噂で的にされるのは自分のせいだ」
 太谷の忠告が、今になって思い出す。まっすぐで陰りのない言葉は、胸の奥でチクリと棘になって刺してきた。
「それにしても、宇都宮くんってば背高いね」
 模範解答すら返せないでいると、望月が横並びに立っていた。いつの間にか、いたずらな笑顔に戻っている。
 真横で、二十センチも下にある小さな頭を見下ろす。一度も染めた形跡のない漆黒のショートカットの髪は、まあるい光の輪を被っている。小さなつむじを中心にしたツヤ。
「今日も、天使の輪っか出てる?」
「……うん。出てる」
「へへ」
まんざらでもない照れながら見上げられた。
「私、女子の中だと背が高いほうなんだけどなぁ。宇都宮くん身長いくつ?」
「十八〇センチ越えたくらい」
「うわ、そりゃあ高いわ。こうやって並ぶとよく分かる」
羨ましげな声は、それ以外に意味なんてなさそうだった。
「……ドリブルが下手になって嫌になるよ」
「そうなの? 足が長くていいじゃん」
「それ、母さんにも言われる。モテていいじゃないって」
「……うん。そうだと思うよ」
 純粋に僕を羨む声がそっとしぼんでいく。ちらりと望月を盗み見すると、月明かりの下、白い頬がほんのりと赤く染まっているように見えた。
サッカーで足手まといになった背丈を、僕は今日、初めて素直に嬉しく思った。
「望月は、スタイル良いよな」
「え?! 何、急に」
「いや……改めて、思って。女子の中でも背が高いし」
体育の時間、走り高跳びに立ち向かう姿は華奢ながらも体の線がまっすぐで、クラスの男子が何人も見とれていた。初めてこの河原でまっすぐ立つ望月を見た時も、まるで天上に矢を射るように可憐に見えた。
(……弓矢なんて、まるで狩りの女神のアルテミスじゃあるまいし)
 星座講義にまんまと影響された自分の発想は棚にあげる。話飛ぶなぁ、と突っ込みながらはにかんだ。

「将来、モデルになれるんじゃない」
「またまたぁ。……でも、ありがと」
 否定しながらも恥ずかしそうな顔は、素直にかわいかった。
 それから僕たちは目を見合わせることなく、恒星たちがぶら下がる紺碧のドームを並んで仰いだ。僕の方が少しだけ、空に近かった。
 星と星の位置が変わることなく結ばれて、絵柄を描く。牡牛に立ち向かうオリオンの姿の近くに、まあるい月が横たわる。僕の左側でスカート裾が風に揺れる。そっと手で押さえると、望月の右手に触れた。
「寒いね」
「……うん、寒いね」
  冷えてしまった望月の指先を包んで、僕のコートのポケットに入れた。繋がる手のひらの中、じんわりと温もっていく。




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