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君の放つ冬の星座 第四夜☆(1)

199☆年 末・日没


 朝になれば空の星は消えて、太陽の白さが眩しい。
 放課後、部活へと向かおうと見上げた空には、ぺらぺらの紙みたいな月が浮かんでいた。
「年が明ければ大会だ。うちは守りが強いけどいまいち攻撃力が足りない」
部員を集合させると、サッカー部顧問はいの一番にそう言い放った。叱咤激励と分かっていても、厳しい評価に心なしか背中がヒヤリとする。回りのチームメイトも、普段はにやけ面の米倉たちも顔をひきつらせている。
「そこで」
目配せする顧問の合図で、僕と同じように座っていた太谷が立ち上がって、全員に向き合う姿勢になった。その顔は動揺していない。呼吸を整えると、口を開いた。
「キャプテンとして、説明させてもらいます。コーチの言う通り、これからは点数取る方針にしようと思う。いざというときにしっかり決められるシュート力を付けたい」
 堂々と口にする姿は両目をしっかり開いている。
 日焼けして体格のいい太谷は、陽の名前に負けない日なたに立つ存在感がある。部員一人一人を順番に睨ねつけるキャプテンにその場の全員が固まった。後輩の中一生達は、その圧力に心なしか怯えている。
 すると、今度は大きな目が細められ、今度は快晴の空のような笑顔をもらした。
「俺たちの代で県大会優勝しよう」
所詮、地区大会で上位なら好成績の公立中学校のサッカー部だ。ただの夢でしかない宣言。けれど、効果は絶大だった。
「めざそうぜ!」
「練習するしかねーよなぁ!」
 さっきまで怯んでいたチームメイトが鼓舞させされ、皆立ち上がる。すっかりリーダーとしてチームを牽引している。
 シュート練習のため、ペアを指示すると名前を呼ばれた二人組が立ち上がる。さきほどまで不安がっていた後輩達は意気揚々と、同学年の奴等は先輩面を隠そうともせず、皆グラウンドに散っていった。
 ぽつんと、僕だけが残った。
 えっと、と体育座りして膝をさすっていると、
「ウツは、俺と」
 さも当然のように、太谷に呼ばれた。キャプテンかつキーパーが自ら、直近の試合でミスプレイを連発する僕を指名する。ベンチの顧問をちらりと見ると、緩慢な動きでコートを見渡す姿はキャプテンの太谷に全幅の信頼で任せていると言っているようだった。
「ゴール前で躊躇うことが多いだろ。キーパーの俺とで訓練」
 すでにネット前へと太谷が移動していて、慌てて立ち上がる。正論すぎて何も言い返せない。寒空の下でずっと動いていなかったせいで、足がもつれた。
 何十メートルの距離で太谷と対峙する。
 僕の蹴る球すべて、捕らえられる。いつの間にこんなに上手くなったのだろう。鉄壁の守り、と言われる称号は大袈裟ではないかも知れない。
 隙を狙って蹴りあげると、両足がもつれて脛でボールを打つほどの始末だ。 白と黒の五角形がコロコロと回転し、僕を笑うようにコートの端へと転がっていく。
「リラックスして。小学校ん時みたいに。ウツなら出来るから!」
 明るく励ます太谷は、米倉たちのようにバカにしていることはなく、本当にそう信じているようにまっすぐ響く。
 小学四年の時、サッカークラブで一緒になって話すようになった。その頃はよく遊んだりもした。けれど中学に入り、僕の身長が伸びてプレーが下手になる一方、太谷は皆に頼られ、顧問の先生に一目置かれるようになった。
 あの頃のように体が動く訳じゃない。純粋な励ましのはずなのに、まっすぐな太谷の声が重くのしかかる。
 校庭には、それぞれ強化練習するため点在する部員が三十人弱。もしも上から見下ろしたら、きっと星みたいに位置しているんだろう。
(繋げたらどんな星座になるのかな)
「おい、集中しろって」
「……ご、ごめん」
 妄想しているのをキャプテンらしく叱られ、萎縮する。
「ウツ、また蹴ってみて! 思いきり」
 ふいに、望月の言葉を思い出した。
『星座をつくる星同士は、実際は、とんでもなく離れたところにあるんだけどね』
 オリオン座の目立つ二大星、天空側の赤いベテルギウスと足元の青白いリゲルは、二六〇光年離れた所にあるそうだ。
「なあ、ウツ。聞きたいことがあるんだけど」
練習そっちのけの僕を嗜めるのか、少し低い声で太谷が遮った。
「……何?」
「お前、自主連しないで毎日早く部活上がるけど、……家の用事なのか?」
「そうだけど」
 ボールを操るよりも簡単に、僕は嘘をつく。
 僕の放つ勢いのない球をキャッチすると、太谷はゆっくりと、ボールと一緒に言葉を返した。
「……夕方、矢川にいるだろ」

 放たれたボールは、足元を通り過ぎて数メートル先でゆっくり止まった。キャッチそびれたのを何事もなかったように取り上げる。
 太谷に背を向けて息を整えた。
「急に何」
「佐々木(ささき)が見たって言ってる」
 考えを巡らせている間、すぐに疑問へ解答が返ってきた。佐々木もサッカー部員で同じクラス、米倉達とつるんでいる一人だ。
 ああ、面倒なことになる。頭がすぐにアラートを鳴らした。
「……見間違いじゃないかな」
 ところが、太谷の続きは意外なものだった。
「俺のクラスにもお前の話、出てくるよ。その気が無いのに、無責任なことするのは辞めたほうがいい」
 ――無責任? 何のことだ。
「それと……。あいつには色々あるから……あんまり、関わらないでくれ」
 静かな声は、望月の体操服姿を品定めする輩を諌めるのと同じ、低く響いていく。
(……望月が一緒だって知っているのか)
 それは、幼馴染みゆえの心配だろうか。
 けれど、最近はもう殆ど関わっていないと望月は言っていた。
 ボールを足元に置き、僕は体勢を立て直す。助走をつけて、力を込める中点を定める。爪先に力がこもり、蹴り上げる瞬間に僕の口ははっきりと動いた。
「……何で、いちいち太谷に言われなきゃいけないんだよ」
 バスン、と僕の球は鈍いながらもゴールネットにぶつかった。その前で太谷が一ミリも動くことなく、立ち尽くしている。鉄壁のキーパーが、守りを外していた。
 初めて僕は、僕にとやかく言ってくる相手に言い返していた。太谷は呆然として、だらしなく口を開いたまま僕を見返している。
 僕らの周りを、何組ものペアがボールを操り動きまわり、グラウンドを蹴りつけている。力強く地面を叩くような音は、砂ぼこりに巻き込まれ、冷たい北風に吹かれて消えていった。




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