ドラマのような「なにか」という幻想
「なにか面白いことないかな」
「なにかいいことないかな」
と考えているとき、私の場合は黄色信号だ。
学生の頃から頭の中で呟いていたこの言葉は、思考の中に根深く棲みついてしまっていて、ふとした時にひょこっと現れる。
そんなときは、きまって何かから逃げていたり、人生の舵取りが出来ていないときなのだ。
「ないかな?」なんてのは、他人へ期待してしまっている証拠だし、その他人とは特定の誰かではなく、ドラマのような劇的な「なにか」なのだ。
25年間生きていれば、そんな「なにか」が突然起きることはないということはもう知っている。
もしその「なにか」があるとすれば、それは全部自分が動いた時だけ。そして、それが人生を変えるほどの出来事だったなんてのは、終わった後に気づくものなのだ。
「今」どこへ行き、「今」誰と過ごして、「今」なにをしたいか。
それを考えて動く、時には考える前に直感で走り出すことだけが、その「なにか」に出会う方法なのだと思う。
P.S note毎日更新チャレンジをしていたのですが、昨日更新忘れをしてしまいました…せっかく1ヶ月続いていたのに無念。
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