見出し画像

いつもお読みいただきありがとうございます。今日は前回の続き、最初の日系カメラメーカーを退職し、アメリカの大学院に留学した時のことを、これまた四半世紀前の話なので、今とは状況も違うのかもしれませんが、これから留学を考えている方に少しでもお役に立てばと思い、徒然なるままに綴ります。

サマースクールinコネチカット

私が留学した1996年夏、コネチカット州のイエール大学の大学院準備コースというものに2ヶ月ほど参加しました。周りはイエールの大学院に進む方、各地の大学院に進む方、さまざまな方が集まって来ていました。イエールはキャンパスがいくつかに分かれていて、それぞれゲートがあり、寮も、食堂も、図書館もそれぞれのキャンパスごとにあります。教室はいろいろなキャンパスに分散しているので、授業ごとにあちこち歩き回らないといけません。広いので時には迷ったりします。イギリス風の建物と中庭が素敵な、美しいキャンパスでした。ここでたった2ヶ月半、大学院に入るため辛い勉強をしている間に、さまざまな国からの留学生と知り合うことができました。特にアジアからの留学生とは仲良くなりました。中にはいまだに連絡を取う友人もいます。とりわけ台湾からの留学生だったSさんは、恩人と言っても過言ではありません。私がその後、NYのIthacaに移ったばかりで、友達もいなくて寂しくて辛かった時に、忙しい中、長距離バスに7時間も乗ってコネチカットから会いに来てくれたり、夏のインターンをしているロングアイランドに遊びに来てくれたり、卒業後にしばらく仕事をしていたワシントンD.C.にも遊びに来てくれました。感謝してもしきれないくらいです。彼女は今台湾の大学で教授として活躍されています。他にもたくさんの貴重な友達ができたのは自分の人生においての宝物です。

そしてIthaca、ニューヨークへ

短い夏の準備コースを終え、いよいよ私の進学先であるIthacaに引っ越しました。まず最初にしたことは下宿先探しです。とりあえず、安宿に泊まりながら、ローカルのフリーペーパーや、大学の掲示板に貼ってある賃貸情報を見て、良さそうなところに片っ端から電話して見に行くためのアポを取ります。今でこそインターネットですべて見られるのでしょうが、当時は住所を頼りに歩いて見て回りました。そして最初に見つけた下宿先はJewish のファミリーの半地下のお部屋でした。白い大きなお家で、半地下と言っても広くて明るくて、夜には庭先に鹿の親子が歩いているような長閑なところでした。何もないお部屋に中古のベッドを買って少しずつ部屋らしくなりました。大学まで徒歩で15分位、でも坂道でしたのでなかなかきつかったです。唯一不便だったのは洗濯機がなかったので、大学の寮のコインランドリーを使用するのに1週間分の依頼を担いで坂道を15分行ったり来たりしなくてはならなかったことでしょうか。

長くなりそうなので今日はこれにて終わります。数回に分けてお送りすることになります。よろしくお願いします。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?