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アガサ・クリスティー「ナイチンゲール荘」原作・戯曲・映画 比較感想

ネタバレ全開で記載しています。


原作「ナイチンゲール荘(うぐいす荘) Philomel Cottage」

1924年のグランドマガジン11月号で発表。1934年出版の『リスタデール卿の謎』に収録。
主人公はアリクス・マーティン。殺人者はジェラルド・マーティン。元カレはディック・ウィンディフード。
アリクスとジェラルドが出会ったきっかけは友人の家の集まり。現在のコテージの様子以外はすべてアリクスの回想で語られる。

アリクスの緊張状態での心理描写や、後の戯曲では削られたジェラルドの居る場で機転を利かせながら電話でディックへ助けを求める場面などもあり、サスペンスとしては一番効果が高い作品です。
短編という締まった物語形式を活かしてサスペンスフルな物語が楽しめ、クリスティーの短編でもオススメの一作です。

アガサ・クリスティーによる戯曲『見知らぬ人 The Stranger』

1932年執筆。三幕三場の戯曲。一幕目が原作では回想で語られた出会いの場面にあたり、二幕目と三幕目が原作に沿ったコテージでの物語。
実際に舞台化されることはなく封印され、後にクリスティーの遺稿の中から発見、2019年に初めて舞台化された。
主人公はエニド・ブラッドショー。殺人者はジェラルド・ストレンジ。元カレはディック・レーン。原作の庭師が削られ、原作にいなかった友人のドリス、お手伝いのハギンズ夫人、バーチ夫人が追加。
エニドとジェラルドの出会いは、住んでいるフラットを借りに来たジェラルドと出会って一目ぼれしたこと。

出会いのシーンの追加や戯曲ならではの登場人物同士のやり取りが追加されていることによりドラマとしての肉付けがされており、『千夜一夜物語』から創作物語をエニドが思いつく描写は上手いのですが、長くなったことで原作の締まったサスペンス感が全体的に薄まった感じはあります。
最後のシーンはクリスティーの芝居で良く見られるハッピーエンドを強調した終わり方(観客に気持ちよく帰ってもらえるようにという意図的なものだと思われる)ですが、物語の性質的には原作の方が好みでした。

フランク・ヴォスパーによる戯曲『見知らぬ人からの愛 Love From a Stranger』

1936年にフランク・ヴォスパーが執筆・舞台化。参考としたのはクリスティーが1932年に執筆した戯曲脚本。三幕五場の戯曲。
主人公はセシリー。殺人者はブルース。元カレはナイジェル。原作から友人としてメイヴィス、おばとしてルールーが追加。また庭師が原作より復活して、庭師の姪と地元の医師も追加されている。

二人の出会いは戯曲版と同じですが、二人の出会いから結婚の決意までが、クリスティー戯曲版より自然な流れになっています。第一幕が特に顕著ですが、クリスティーのものより長めにドラマを描いている事で人物描写や出来事の描写に説得力が出た反面、サスペンス度が全体的に低下しています。重要情報も丁寧に説明してくれるため、勘の良い観客なら展開が予測できてしまう可能性が高まっており、中盤から後半にかけて間延び感がでてるように感じられました。

フランク・ヴォスパーの戯曲がベースの映画『血に笑ふ男 Love from a stranger』

1937年公開、87分。日本でもDVDが発売されているため、比較的観やすい映像化です。1947年にリメイク版も製作されています。
主人公はキャロル・ハワード(役者はアン・ハーディング)。殺人者はジェラルド・ラヴァル(役者はベイジル・ラスボーン)。庭師の姪として若き日のジョーン・ヒクソンが出演していました。

二人の出会いは戯曲版と同じですが、その後に友人とパリ旅行に行った先にジェラルドが着いてきて交流を深める場面が追加され、一目惚れを補強する役割がなされています。大筋は戯曲と同じですが、映画らしい場面転換や前述のようなエピソードの追加がされているのが特徴です。
時代を感じさせる内容で、現在のサスペンスを見慣れてるとゆったりペースの作品に感じると思いますが、結構面白く観ることができました。

〈総評〉

全ての作品で登場人物の名前が変わるので、続けて読むと少し頭が混乱しました。
サスペンスとしては原作に勝るものはなく、作品の効果としても原作が一番だと思いました。
戯曲・映画版はそれぞれに良さと悪さがあり、サスペンス重視なら尺の短さで畳みかけるクリスティー版、サスペンスよりもドラマ性を求めるならヴォスパー版か映画版という感じになるかなと思いました。
ただし戯曲版は脚本を読んで語っているため、実際に舞台上で演じられているものを観ることで捉え方が変わる可能性があります。ぜひ、日本でも一度上演されて欲しい所です。

「ナイチンゲール荘」は去年発売したショートセレクションにも選ばれています

おまけ〈JULIUS GREEN『CURTAIN UP』より〉「The Stranger」に関する部分について

クリスティーの戯曲についての研究書『CURTAIN UP』で、本作が取り上げられている個所を読んでみました。英語が全くできない人間の理解なので間違っている所もあるかもしれませんが、少しまとめてみたいと思います。

原作の「ナイチンゲール荘」について、「設定は単純で、2人の中心人物と最低限の脇役しかおらず、その構成にはグラン・ギニョールのエコーが感じられます。要するに、ドラマ化するのに理想的な作品なのです。」と記載されています。
クリスティー自身による脚色版は2019年になるまで上演されることはありませんでしたが、著者は1932年までにクリスティーが書いた5つの長編戯曲の中で、最も良く構成されていると評価していました。

フランク・ヴォスパーについての記述も多く、「劇作家としては、『二階の殺人』や『私たちのような人々』(ともに1929年)、『余暇の結婚』(1931年)など、自分を主役に据えた作品」を書いており、趣味は「犯罪学とブラックベリー」とのことです。

そして、『見知らぬ人からの愛』は原作の短編ではなく、クリスティーの未発表戯曲をメインに執筆された事が指摘されています。

著者は、ヴォスパーの脚本に比べて「クリスティーの方が優れた戯曲であることは間違いない。」と語っており、「彼女の脚色は、動きが速く、ウィットに富み、サスペンスフルで、1シーンずつ3つの幕で構成される6人組の作品です。ヴォスパーは、登場人物を8人に増やし、1幕を2シーンに分けた。この作品では、主人公の男性役が、クリスティー版でより深く関わっている女性主人公の苦境を損ない、彼自身が目立つために構築されていることが明らかで、長ったらしい事件になっているのです。最も重要なのは、2人の自立した若い女性が懸賞に当たってロンドンのアパートを手放し、そこに入居希望者として同名の「見知らぬ男」が現れるという構想や、「見知らぬ男からの愛」というモチーフ全体が、短編にはなく、クリスティーの劇に内在している点です。」と指摘しています。

更に「クリスティーの脚本では、出演者は最低限に抑えられています。 エニド・ブラッドショー、ドリス、「エニドの人生」に登場する2人の男性、そしてロンドンと田舎のそれぞれの物件で、悲観的だが非常に面白い家政婦が登場します。ハギンズ夫人とバーチ夫人の2人の家政婦は、それぞれ男性に対する非難で他を圧倒しています。ヴォスパーの脚本では、原作の庭師を不器用に導入し、メイド、医者、不要なコミックのおばさんをキャストリストに追加しているのが惜しいところです。
ハギンズ夫人は、『ユージニアと優生学』のスティーブンスと明らかに同じ鋳型で作られています」と、全体的にヴォスパーの改変に対して厳しい評価を下していました。

本はこの後も、ヴォスパーの『見知らぬ人からの愛』がどのような公演経過を辿ったのか、ヴォスパーが若くして亡くなった背景などを詳細に綴っていました。

JULIUS GREEN『CURTAIN UP Agatha Christie: A Life in the Theatre』HarperCollins, 2015, p112-126


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