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有栖川有栖『幻想運河』(1996)紹介と感想

有栖川有栖『幻想運河』講談社, 2001

10年くらい前に火村シリーズを数作読んだことがありますが、ノンシリーズを読むのは初めてになります。


あらすじ

大阪の各所の川にバラバラにした死体を小分けにして捨てていた男が警察に捕まった。
場所は変わってアムステルダム。シナリオライターを志す恭司は、アムステルダムでの生活も長くなってきたため、そろそろ出たほうが良いのではと思いながら、今の環境に未練があり決断できずにいた。
友人達とマリファナを吸った夜に、夢の中で突如告げられたバラバラ殺人を扱った短編小説の筋書き。
それから、時を置かずしてアムステルダムの運河にあがった日本人のバラバラ死体。各地の運河に散らばって捨てられていた遺体は、恭司の仲間の一人・水島のものだった。
アムステルダムと大阪、二つの街で起こる出来事が結びつく時に視えてくるものとは……。


紹介と感想

ノンシリーズの主人公巻き込まれ型サスペンスになりますが、正にノンシリーズならではの物語になっていました。

大阪で起こることに関しての物理的な事象については直接描かれますが、全てが明かされるような物語ではなく、特にアムステルダムで起こる出来事については、薬による幻覚のように多くの曖昧さを残したまま終幕を迎えます。

しかし、全てが分かることはそこまで重要なことではなく、起きた出来事に対して何を想い、どのように人に影響を与えるかの方が大切なのだと感じました。

果たして、なぜ水島が殺され運河に流されないといけないのか、恭司の推理した内容が真実なのかどうか、遥介の死が事件と関係あるのかどうか、詩人の死は前夜の騒ぎが直接の引き金なのか。
どれもがハッキリと分かる事実として明かされることはありません。しかし、そこで起きた出来事は、間違いなくその後の人物の行動に影響を与えています。

自由になり幸福になれる筈だったドラッグにより、自身が推理した根拠にも自信が持てなくなった恭司。
彼が啓示のように受け取ったバラバラ殺人の物語は果たして何だったのか。
物語の最後、恭司は現実と空想の境を飛び越えたように見えました。

内面が読みづらい遥介やロンが感じていた思いとは何だったのか。遥介が予知していた未来の景色はどんなものだったのか。
そこに深遠なものがあったのか、薬物により脳がやられていただけだったのか。それは、想像するしかありません。

普段読むタイプの話とは違いますが、面白く読むことが出来ました。

 恭司はパンケーキを頬ばった。何が入っているのか、講釈などもう必要ない。
 名前などどうでもいいではないか。ジュリエットは正しい。意識の地平線の彼方へ翔ばせてくれるものなら、何だっていい。

有栖川有栖『幻想運河』講談社, 2001, p.211
ロンの店で薬に興じている恭司


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