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ジョルジュ・シムノン『メグレとしっぽのない小豚 Maigret et les petits cochons sans queue』(1950)紹介と感想①

ジョルジュ・シメノン著 原 千代海訳『メグレとしっぽのない小豚』早川書房, 1955

収録数が多いので、個別感想は①~③と④~⑨へ分けて記載しています。

↑ ④~⑨の感想はこちら


全体概要&総評

メグレ警視シリーズ短編2作とノンシリーズ7作の全9編が収められている短編集です。
『メグレとしっぽのない小豚』となっていますが、実は「しっぽのない小豚」はノンシリーズで、「メグレ」と「しっぽのない小豚」になります。

収録短編は以下の9本です。
① しっぽのない小豚 Les petits cochons sans queu(1945)
② 命にかけて Sous peine de mort(1936)
③ しがない仕立屋と帽子商 Le petit tailleur et le chapelier(1947)
④ ベルカン氏という男 Un certain Monsieur Berquin(1946)
⑤ 寄港地・ビュエナヴァンチュラ L'Escale du Buenaventure(1946)
⑥ 街を行く男 L'homme dans la rue(1940)メグレもの
⑦ 愚かな取引 Vente à la Bougie(1939)メグレもの
⑧ フォンシーヌの喪 Le deuil de Fonsine(1945)
⑨ 四号夫人とその子供たち Madame Quatre et ses enfants(1945)

①~③がポケミスで40ページ程度、④~⑨が10~20ページ程度になっています。

①~③のページ数に余裕がある作品は、どれも主人公がサスペンス的な事態に巻き込まれて右往左往する内容となります。
しかし、それぞれの主人公が辿り着く地点は違うため、どれも面白く読めました。

④以降のノンシリーズ短編は、自分的にはやや淡白だったり、シムノンといえどさすがに描写不足だったりしているものが多いかなという印象でしたが、⑧はあまりにもどうしようもない裁判での争いが面白かったです。

メグレ短編は⑥が短いことを活かした傑作、⑦は標準作という評価でした。

お気に入りの作品は「しがない仕立屋と帽子商」「街を行く男」になります。


しっぽのない小豚 Les petits cochons sans queu(1945)

あらすじ
ジェルメールとマルセルは結婚して1か月の夫婦だ。
マルセルはスポーツ欄担当の記者で、今夜もボクシングの試合で遅くなると話していた。
寂しい気持ちを抱えたまま、家にあるマルセルの外套に手を伸ばしたジェルメールは、ポケットにしっぽのない小豚の陶器の置物が入っているのを見つけたことで、不安な一夜を過ごすことになる。


紹介と感想
ジェルメールが不安な気持ちを抱えながらマルセルを探し回ることで、お互いのことは何も知らなかったことに気づき、彼の本当の姿に気づき、より彼を好きになっていく過程を描いたサスペンスでした。

サスペンスでありながら、最後は明るく終わるため、犯罪物でありながら気持ちよく読み終われます(倫理的には結構問題ではありますが、それは置いておきましょう)。

クレメール版メグレでドラマ化されたので「メグレとしっぽのない小豚」が実現してしまいました。


映像化作品
ブリュノ・クレメール主演 メグレ警視 第47話
 「Les Petits Cochons sans queue」(2004) ※日本未紹介

要するに二人は、ただ愛し合っていること以外、互に、相方のことは殆ど何も知らなかった。二人の結婚は、遊びみたいなものだった、――楽しい遊びだったのだ。

ジョルジュ・シムノン著 原 千代海訳『メグレとしっぽのない小豚』早川書房, 1955, p.19

命にかけて Sous peine de mort(1936)

あらすじ
オスカー・ラブロは、ジュールという男から脅し文句と再会を仄めかす葉書を受け取るようになる。葉書には必ず「命にかけて」と書いてあった。
葉書の投函場所は徐々に自分へと近づいてきている。
そして、遂に対面したラブロとジュール、初対面の男同士の不穏な交流は、緊張を伴って進行していく。


紹介と感想
臭気は人間にとって重要であることが分かる話でした。

精神の限界の時は他者のことは考えられないものですが、そこに他者が居ることは間違いなく、意識せずに犯した罪からも逃れられないのかもしれません。

罪の意識にさいなまれても、恐怖に視野が狭まっていても、相手を知ることを忘れないようにしたいものです。

 遂に再会だ、ならず者、命にかけて、覚えているか?
                昔馴染みの
                   ジュール

ジョルジュ・シムノン著 原 千代海訳『メグレとしっぽのない小豚』早川書房, 1955, p.51

しがない仕立屋と帽子商 Le petit tailleur et le chapelier(1947)

あらすじ
しがない仕立屋のカチューダスは、毎日午後4時には《カッフェ・ド・ラ・ペエ》へ行っていた。しかし、怖かったので真向いの帽子屋の主人・ラベの後をつけて行く。
なぜなら、街では連続老婆殺しが起きており、既に6人が犠牲になっていたからだ。
しかし、彼はひょんなことからラベ氏が連続老婆殺しの犯人だと確信する。
恐怖に囚われながらも、賞金の2万フランは欲しいカチューダス。
しかし、カチューダスが気づいた事をラベ氏は知っていた……。


紹介と感想
エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジンの懸賞に応募して一等を受賞した作品で、『帽子屋の幻影』Le fantômes de chaplier(1949)として長編化されています。
それだけのバックボーンがあることも納得の、本短編集の中でも特にお勧めの作品です。

移民として街に住み、コミュニティに入れないと感じている男が、連続殺人犯を追ううちに奇妙な絆を感じるようになるサスペンスです。

カチューダスは殺されるのでは、もしや罪を被せられるのでは、と適度にハラハラさせてくれ、しかし主題はそこではなかったというのが良かったです。

社会的な生き物である人間は、他者との繋がりを求めてしまいます。
とくにそれが、他者には内緒の関係であれば尚のことなのかもしれません。

 ラベ氏は彼を見据えていた。眼差しは平静だったが、見据えているのはカチューダスだ。しかも、しがない仕立屋には、帽子屋の唇に何とも云えない薄笑いが浮かんでいるように思われた。彼は、帽子屋はひょっとしたらウインクをして、合図をするのではあるまいかという気さえした。

ジョルジュ・シムノン著 原 千代海訳『メグレとしっぽのない小豚』早川書房, 1955, p.98


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