見出し画像

【短編漫画】「ブラックベリーチョコレート」とジェンダーという「殻」

フロイト、ラカンの後に少女漫画とは落差が激しすぎるかもしれませんが、たまたまLINEマンガで無料だった短編ラブコメが短いのにぎゅっと詰まっていて面白かったので紹介させてください。(このリンクで飛べるのか分からないのですが、LINEマンガだとミユキ蜜蜂の『ハダカの万里くん』という短編集の第3〜4話(各20ページ)です。今のところコイン不要。海外からだとブラウザではアクセスできませんが、日本の電話番号に紐づけたLINEアカウントでログインしているアプリは使えています。)

ミユキ蜜蜂「ブラックベリーチョコレート」『ハダカの万里くん』第3話冒頭

 ストーリーはいたってシンプルで、容姿抜群の高校生男女がそれぞれ理想の「いい男」、「スイート」な「女子」に見られるために分厚い殻を被っているのをお互い発見してしまい、「表」と「裏」の顔を知った上で近づいていくというものです。見どころは、主人公の苺花の性格が少女漫画の主人公としては珍しいレベルで歪んでいて、憂さ晴らしの仕方が理想の「女子」の真逆をいっているところ。同じく裏表のある右京に心を許していく苺花ですが、女友達が自分の陰口を言う別の女子グループとつるんでいるのを目撃してしまい、「嘘」で塗り固めた自分のあり方に葛藤します。

——でも 甘い殻をかぶせて 砂糖でごまかして塗りかためて 気付いたらどっちが中身かわかんない程で——
「こうやってこのまま ぜんぶ偽物になっちゃうのかな…」

ミユキ蜜蜂「ブラックベリーチョコレート」『ハダカの万里くん』第4話 p.8

それに対し、苺花だけが特別な「嘘つき」ではないと言う右京。「嘘ついてまで守ってるもんがあんだったら どっちのお前も本物でいーんだよ」というセリフは、苺花だけでなく自分にも言っているのでしょう。ここで、「本物」と「偽物」を区別してもっと「本当の自分」でいられるようにという方向に行くのではなく、誰もが「殻」を被っているし「どっちも本物」と肯定するところが私は好きです。
 この2人ほど極端ではないにしても、誰しも社会で生活する上で様々な「殻」を被って装っていて、その厚さや形は変われど全く「殻」を被っていない「素」の自分なんて存在しないとすら言えると思います。例えば、私は一人で家にいる時でも着替えてメイクをした方が気分がシャキッとするので好きですが、それは誰かではなく自分に対して「きちんとした」モードに切り替えることで「活動的な自分」を演じているとも言えます。一人でいても足を開いて座らないのは小さい頃から叩き込まれた「女」としてのマナーが染み付いているからですし、「自然体」の私も決して様々な社会規範から隔絶されてはいないのです。だから、「気付いたらどっちが中身かわかんない」という苺花の心の声も真実だと思います。どんな「殻」であれこの身体で演じている以上、初めは戦略的な「嘘」であっても染み付いていくものがあって、「本当の自分」と「殻」を明確に切り分けることなんてできません。この漫画では、苺花が出しっ放しのテニスラケットを率先して片付けに行く場面がありますが、初めは「いい子」を演じるためだったとしても、習慣化して不満を持たずに雑用を引き受けるようになったのだとすればそれは「本物」の苺花の人の良さとも言え、「いい子」な部分を全て「偽物」だと切り捨てることはできないと思います。色々なバージョンの自分があってもそのどれも互いに影響し合い絡み合っていて、ただ違う側面が見えているだけで、そういう複雑さを含んだ全体が「自分」なのだと言えるでしょう。
 ジェンダー学の用語で言えば、「行為遂行性(performativity)」が近い概念です。ジェンダー規範は外的に存在していて人の行動に一方的に影響するものではなく、個人が内面化し、行動において再現することで再確認・時には再定義していくものと捉えられます。概念と行為とが絶えず循環してジェンダーというものを形作っていくのです。この意味で、漫画で出てくる「女子力」「モテ男」「王子」「天使」「いい男」「見かけ倒し」「顔だけ女」「ガリ勉」「ぶりっこ」「かわいい娘」といったレッテルはどれも、それを目指したり避けたりしようとする一人一人の行為とその評価が絡み合って常に再構築されている例でしょう。ジェンダーを体現せず全く無関係で生きていくことはほぼ不可能なので、誰もが様々な「殻」をまといながら生きていて、それと同時に「殻」のあり方を規定する社会規範を構築しているのです。
 バレンタインをテーマに描かれたこの漫画は、苺花がおそらく「甘すぎない」チョコを右京に渡すシーンで終わります。

ねえ 私だけじゃないんだよ
女の子には甘い部分と 苦い部分があるの
でも願わくば 私たち女の子は——
その両方を 受け取ってほしいの

ミユキ蜜蜂「ブラックベリーチョコレート」『ハダカの万里くん』第4話 p.19-20

「女の子」だけではなく誰にでもきっと「甘い部分」と「苦い部分」があって、多少甘い「コーティング」をして生きていて、家族、パートナー、親友といった一番近い人たちにはその両方を知った上で認めてほしいものだよなぁと、他人事ではなくほっこりしました。ちょっと笑ってキュンとしたい方におすすめです。

この記事が参加している募集

好きな漫画家

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?