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詩集感想・大崎清夏「指差すことができない」

作品を時代背景をもとに紐解くのは、スタンダードな入り口とはいえやはりどこか偏った見方ともとれる。ただし、この詩集に限っていえば、私はあの震災の時代に感じた、実際の津波と並行しておこった「言葉(情報)の洪水」とも呼ぶべき事態を頭の片隅において読んでみてもいいのかもしれない、と思う。

もっとも印象に残った作品の感想を書きたい。「うるさい動物」は震災に関連した詩だが、そのスポットは周縁にある言葉の問題だ。

言葉を信じるな

このひとことから詩は始まる。

「青い大空」を信じるな
「輝く大地」を信じるな
「希望の光」を信じるな

カギ括弧までつけて作者が「信じるな」と訴えるのは手垢のついた言葉たちである。なにか意味のある言葉というよりは、むしろスローガンのように、声に出した人の感情を前向きにさせようと志向させる、指示コマンドのような言葉だ。

ただし、これらへの批判は多くの表現者――特に小説や詩歌に関わる人が考えることだろう。言葉による表現をつきつめることは、慣用的な表現をいちど疑うことから始まるし、いつまでもその戦いだ。
むしろ、この「〇〇」を信じるな、と呼びかける姿勢こそ、手垢のついた青臭い表現になりそうなものだが、この次の行に詩人としての強靭な部分を感じた。

わたしはうるさい動物である
わたしは絶えずおしゃべりしながら歩行する動物である

ここでひとつ、まったくべつの視点が持ち出される。「わたし」は「うるさい動物」であることを宣言し、

(中略)
言葉は何の力も持っていない
言葉にできることは何にもない
だから、言葉を信じるな

と続く。
作者は「青い大空」「輝く大地」「希望の光」という言葉を拡散することを運命づけられた「うるさい動物」を「わたし」と呼ぶ。

「わたし」とは人類全体のことだろうか、それとも作者自身のことだろうか。おそらくは両方だろう。そうであるから、作者は「わたし」の所属する種を「おしゃべりしながら歩行する動物」とあえて言い直すのだ。

ここには〈言葉と人間〉という公的な歴史感覚、さらには〈言葉とわたし〉という、私的な歴史感覚という、二つのものへの強い関心(あるいは諦念)が底流として流れている。

次の一連も印象的である。

うるさい動物には二億年前のパンゲアの分裂が見える
一万年前のビルマの洞窟に描かれた炎が見える
四〇〇年前の江戸じゅうの川の汚さが見える
六〇年前に二〇代だった杉山千代の不器用な恋愛が見える
クレーの天使が東京の空の雲間に見える
武蔵野の山あいにカフカの城が見える

人類の歴史をなぞりながら、最後のふたつは作者自身の経験だろう。パウル・クレーの描いた天使、カフカの「城」がそこに見えるということは、決して幻視でも作り話でもないと思わされる。歴史の事実の並列のなかに置くことで強固なリアリティをもたせるのは、虚実をないまぜにする絶妙な巧さがある。

「信じるな」と続くこの前後において、この一連だけが対照的に浮かび上がる。まるでこれらの事実だけは「信じる」ことができることのように感じられる。さらにいえば、言葉ではなく、目にした事実でもなく、頭のなかの鮮烈な記憶やイメージだけが事実であると読む人の無意識に囁く。

この記事の冒頭で震災について触れたが、この詩が震災に関する詩であることは、詩の最後に欄外の注釈で語られる。これを書きだすことは引用というよりは詩の魂を盗むような行為になりそうで、このような場では恐れ多くてできない。ぜひとも読んで頂きたい。

震災のとき、多くの情報が溢れた。とくに原子力発電所に関するニュースは、真偽の疑わしいもの、さらには善悪入り混じったものがインターネットを中心に溢れかえった。

それらを伝達したものは言葉である。言葉は扱う人間によって、恐ろしいほどの凶器になりうる。とくに誤った情報や偏見は拡散されやすく、つかった本人ですら収集できないほどの事態を引き起こす。

戦時中、戦争賛美の詩歌をつくった詩人たちが、社会の変遷や強制力から逃れるほどに強い抵抗思想のベースを持っていなかったことが明るみに出たように、今、インターネット上の言葉の奔流は、多くの人の「言葉と向き合う姿勢」を試している。そのはじまりもあの震災からだったのではないか――もっといえば、私たちは歴史のなかで常に、言葉をふりまき、言葉を疑ってきた動物なのではないか。

そのようなことを思った。
大崎清夏という名前だけを知っていたのだが、詩集全体から地に足の着いた――そしてそこから浮かび上がろうとする詩的な想像力を感じた。とても良い詩集だと思う。11月に新しい詩集が刊行されたとのことで、そちらも読んでみたい。




もしよかったらスキ!して頂けると、今後の参考になります。
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