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11月という季節


ちょうど、この季節だった。


肌寒い季節。

1年経ったのか、2年経ったのか、

そんなことどうでもいいと思ってしまうくらい記憶の中の私たちは穏やかだ。


出会い方を説明すると、

「イカれてんね」なんて言葉が返ってきたりする。



イカれてるのかもしれない。

だけど、出会ってしまった。


キャリーケースをひきながら、

時には、上に乗ったまま夜道を走り、そして、転けた。



写真を撮り、

動画を撮り、

こっちを見て笑う人物の顔より少し下らへんに、

「最高」なんて文字を添えた。



高架下が好きだった。

どんよりしすぎない、

活気すぎない、

あの空間が好きだった。


今は、もう、あまり思い出せない。


でも、きっと、あの土地に足を踏み入れれば、

記憶を取り戻していくように思い出すのだと思う。



高架下を通りながら、

話しをした。


何を話していたのだろう。


こうして、新しい思い出が蓄積されていくと、

昔のことは思い出せなくなってしまうのかと思うと、少し、悲しい。


心地の良い空間というのは、

滅多に出会うことがない。


特に、人間関係において、

食事をしたり、

一緒に帰ったり、

どんな場面でも、ある一定の「心地良さ」を抱くということは、

そうそうないものだと思っている。



思い出せもしないようなあの空気は、

紛れもなく、「心地良い」に分類されるものだった。


ほんの少しだけ、

この季節は特別なのだ。


ほんの少しだけ。


秋でもなく、

冬でもない。


11月という季節。



思い出して、感傷に浸るほどの悲しみの材料すら存在しない。

思い出して、「会いたい」なんて思うほど会っていないわけでもない。


それでも、思い出してしまう。


季節が、

温度が、

風が、


思い出させる。


出会えてよかったと何度書けばいいだろう。

何度、ありがとうを伝えれば、伝わりきるのだろう。



思い出すたびに書こう。

此処にこうして、書けばいい。

嘘偽りなく、たいそれたことなどなくとも、

ただの想いを書こう。




文字を書くことが生き甲斐です。此処に残す文字が誰かの居場所や希望になればいいなと思っています。心の底から応援してやりたい!と思った時にサポートしてもらえれば光栄です。from moyami.