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『べにはこべ』ーフランス革命期の英仏歴史ロマン

あ、これは電子書籍ではなく紙の本で読みたい。

表紙を見て、訳者の名前を見た時に直感した。ハンガリーの生まれだが、イギリスへ移りそこで小説家として活躍したバロネス・オルツィのベストセラー『べにはこべ』。そして訳は、あの『赤毛のアン』シリーズを翻訳したことで有名な村岡花子だった。日本にいる友人から、今年の誕生日プレゼントは何が欲しい? という大変ありがたい質問に、この本をリクエストした。

時は1792年。この頃の英国といえば、ハノーファー朝の国王ジョージ3世が君臨するジョージ王朝時代。そしてその後、精神錯乱に陥ったジョージ3世に代わり、皇太子ジョージ4世が摂政として統治するリージェンシー(摂政)時代へと移っていく。浪費家の皇太子ジョージ4世は、豪奢な舞踏会やテムズ川での船遊びなどで派手な社交の日々を過ごしていた。

個人的には英国のこの時代にはうっとりするような憧れの気持ちを感じてしまう。一度あの頃の女性たちのようなリージェンシーファッションを身につけてみたいという密かな願望もある。

英国を代表する女流作家ジェーン・オースティンが活躍した時代もこの頃、彼女の6作品の中でも度々舞踏会が催されている。『高慢と偏見』の中でエリザベスとMr.ダーシーが出会う場も舞踏会。

そして、Netflixで人気のドラマ『ブリジャートン』もまさにこの時代。ジョージ3世の王妃が開く舞踏会を舞台に、若者たちは自分たちにふさわしい結婚相手探しに社交の日々に勤しむ。


『べにはこべ』に登場するマーガリート・ブレークニーはそんな社交界で注目の的となり、もてはやされている輝かしい女性。英国の資産家パーシイ・ブレークニー卿と結婚し、皇太子とも親交がある。しかしこの『べにはこべ』はそんな上流階級の華麗な社交界をテーマにした話ではない。このマーガリートはミステリーに巻き込まれ、壮大な冒険をするのである。

マーガリートとパーシイ卿の間には闇があった。それはマーガリートが結婚する前、彼女の出身地であるフランスでの出来事に端を発していた。マーガリートは裕福な家に生まれたわけではなく、最愛なる兄に守られて育ち、女優として活躍していた。ある日、兄が貴族の娘に恋をし、そのことで身分違いの身の程知らずと侯爵らにひどい目に遭わされてしまう。それに憤慨したマーガリートは、その侯爵家がオーストリアへの逃亡を計画していることを耳にし、それをぽろっと口にしてしまう。するとたちまち侯爵家は裁判にかけられ、一家共々ギロチンに送られてしまったという衝撃的な体験をしていた。マーガリートも彼女の兄も共和主義者であったが、フランス革命時の若い共和主義者による過激な恐怖政治には嫌悪感を抱いていた。マーガリートは結婚して英国に移り住んだ後、パーシー卿にマーガリートがかつて貴族の処刑に加担してしまった過去を話す。しかし、それから夫婦の仲は冷え切ってしまい、社交界上では仲良き幸福な夫婦を装っていたものの、マーガリートは孤独と退屈を感じていた。英国貴族にとって、彼女の話を受け入れるにはあまりにも重すぎたのか。

フランス革命が起き、国民が国王一族を捕らえて幽閉し、貴族たちを次々とギロチンにかけている状況を、英国はもちろんひどく憂いていた。英国にも階級社会による差別は生じており、国王、貴族たちを平民たちが処刑するということはあってはならないこと、おぞましいことであったのだ。

そんな状況の中で、フランスから貴族たちを脱走させ、英国に渡らせるという勇敢な行動に出た英国の秘密組織が現れた。その名を”べにはこべ”と言った。貴族らの逃亡が成功した際には、フランス政府へ赤い花、べにはこべが描かれた紙が渡されたのだ。”べにはこべ”は優秀な高官をも騙してしまう巧妙な作戦を実行していた。フランス政府はこの”べにはこべ”の正体を突き止めて、ギロチンにかけることに躍起になる。一方英国でもまたこの謎の英雄”べにはこべ”のことは社交界で噂の的となっていた。

マーガリートが皇太子同行の晩餐会に出席したある日、かつて知り合いであったフランスから遣わされた全権大使である男、ショウヴランに出会う。狡猾な彼は、マーガリートの最愛の兄の命を保障することを交換条件とし、マーガリートに”べにはこべ”探しの任務を強いる。「ヨーロッパ一の才女」と言われた美しきマーガリートは、苦しい葛藤の末、巧みな演技を見事やり遂げ、思慕の年を抱いていた未知なる”べにはこべ”を恐ろしきフランス政府の手へ引き渡す作戦の一端を担ってしまうのだ。

一体”べにはこべ”の正体は誰なのか。そして、マーガリートは、その後どうなるのか。ミステリーと冒険が繰り広げられていく。


これまでフランス革命のことはフランスの視点でばかとらえていたように思う。国王をギロチンにかけるという残虐な歴史。その後のナポレオンの誕生。しかし、時を同じくして、ドーバー海峡を隔てた先では華やかな社交界の世界が広がっていた。『べにはこべ』はその両極端な状況にある英国とフランスの世界が描かれているのだから面白い。

やはり私の直感は正しかった。自分の手で一枚一枚紙の質感を感じ、時には焦り、時には驚き、ハラハラドキドキしながらページをめくるにふさわしい読書の時間だった。歴史上起きた事柄をただ頭に入れるだけではわからない、壮大なストーリーだからこそ味わえる歴史ロマン。憧れの社交界に足を踏み入れたような気持ちにもなれるステキな旅のひと時だった。

本日もご訪問いただきありがとうございました。
『べにはこべ』の英名は『スカーレット・ピンパーネル』。宝塚歌劇団による上演もあったそうです。



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