(6/3)ここまで皆勤賞!「鎌倉殿の13人」を見る理由は何だろう?
みなさま、こんにちは。
さて、6月に入りました。梅雨はいつ始まるのかしら。
紫陽花は楽しみだけど、そろそろ雨具の準備をしないとですね。
2022年になって、今月末で半年かあ。
むむむ。は、はやいな。
何も悪いことはしていないのに、なぜか動悸が早まる自分がいます。
先月の下旬に同タイトルで記事を書きました。
上の記事で第20回のことを書いたので、前回(5/29)の第21回は気を抜いて観ていました。
次書くのは頼朝が最期を迎えた時かなあ、って感じで。
八重さんの死
ところがなんと、八重さん(義時の妻)が亡くなってしまった。。。
八重さんはみなしごを集めて実子とともに育てていたのですが、子どもたちと川遊びに来ていた時に、深みにはまって動けない子どもを助けるために川に入り、流されてしまいました。(子どもは無事助かりました)
観終わった時は、「そっかあ、八重さん死んだかあ」ぐらいだったのですが、日を追うごとになんだかとても悲しくなりました。うう。
歴史年表的にいえば、平家滅亡や頼朝の死は大事件で、それに比べれば目立たないことかもしれない。
でも、この大河ドラマの主役は北条義時。
義時にとって、妻の死はほんとショッキングなことだよな。
義時、息子の金剛(のちの泰時)は大丈夫かなあ(大丈夫じゃないよな)、心配です。
いつのまにか北条家の一員
みなさまご存じの通り、大河ドラマは年始の1月から始まっています。
振り返れば、1月の4回は源平合戦も始まっていなくて(4回目の最後で源平合戦の口火を切る矢が放たれた)、まだのほほんとしていました。
北条家も一地方の田舎武士で、肩書も重くなくて、みんな気楽に生きてた。
個人的には、1月の雰囲気が好きだったので、その時の人たちがいなくなってしまうのは寂しい。(これまでの途中で、義時の父・時政が伊豆に引っ込んでドラマに出てこなった時もなんとなく寂しかった。今はまた出ています)
最初は「鎌倉時代とは何ぞや」と思って見始めましたが、知らず知らずのうちに、北条家の一員として大河ドラマを見ていたんだなあと気づきました。
現代的な八重さん
その頃の八重さんといえば、まだ頼朝に気持ちがあって、淡い恋心を抱く義時を振り回していた。
当時、(政子に乗り換えた)頼朝のどこがいいんだろうと思っていましたが、頼朝のちょっと寂し気な感じがほおっておけなかったんだよな。
八重さんが孤児たちを集めて育て始めたときに合点がいきました。優しくて芯のある人なのです。
史実的にははっきりしない八重さんでしたが、はっきりしないぶん脚本家的には自由に描ける利点があって、その存在は効いていたと思います。
歴史年表的なところからは一番遠いポジションの人だから、現代人に近い感覚で描かれていていて、頼朝との子の千鶴丸が自分の父の指示で殺されたと知った時も、はっきり「許さない」と言ってくれました(頼朝は「さだめ」と言った)。
前回でも、「頼朝もあなた(義時)がいなければただの流人に過ぎなかった」とはっきり言っていて、とても現代的だと思いました。
頼朝のことはもうどうとも思っちゃいない、日本一の権力者になったとしても関係ない。
例えるなら、会社や社長よりも、あなた(夫)が大切って感じですよね。
命が簡単に奪われる・失われる時代にあっても、命の尊さと愛する者への思いの強さをきっぱり示してくれた八重さん。
義時にとってもドラマ視聴者にとっても、八重さんがいつのまにか拠り所というか帰る場所になっていたと思います。
ディープ鎌倉時代が近づく
そんな現代と鎌倉時代の架け橋的存在だった八重さん。
その架け橋を失ったってことは、いよいよディープ(ダークともいう)鎌倉時代が近いってことか。ひょえ〜。
まずは、もうひとりの主役である頼朝の行く末を見届けよう。
それにしても、800年近く前の人間の死に様が気になるって、普段の生活でなかなかないですよね。
そこも大河ドラマの魅力なんだよな、きっと。
最後に、「鎌倉時代とは何ぞや」と思っていた時の記事をどうぞ。
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