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【書評】江戸川乱歩「孤島の鬼」 「影のラブストーリー」に涙する

江戸川乱歩の「孤島の鬼」(1930年発表)は、前半は推理小説であり、後半は冒険小説であり、全体を通してラブストーリーであり、そして、とてつもなく切ない。
個人的には江戸川乱歩の最高傑作だと思っています。

と、最初に言いたいことを全部言ってしまいました。。。
というのも自分はこの作品が大好きで、この作品の魅力をどうにかして伝えたいと思うのですが、好きすぎてどこから書いていいか分からない状態です。

好きすぎると作品との距離が縮まりすぎて、どこが美点なのか分からなくなっちゃいますよね。
でもがんばって書いてみようと思います。
お付き合いください。

乱歩の「ベストアルバム」

冒頭にも書きましたが、この作品は前半は密室殺人など2つの殺人事件が起きてそれを解決しようとする推理小説、後半は宝のありかを暗号をもとに探す冒険小説になっています。

ストーリー的にはつながっていてひとつの物語ですが、最初読んだときは途中で雰囲気がガラリと変わるので、この物語はいったいどこへ向かうんだろうとドキドキしました。
どちらのジャンルも乱歩の得意分野であり、一粒で二度美味しい構成になっています。

加えて、乱歩のもう一つの特徴である怪奇的でおどろおどろしい世界観ももちろんプラスされていて、グロテスクな描写も結構あります。
と考えると、一粒で三度美味しい内容ですね。

簡単に言ってしまうと、乱歩の「いいとこどり」。
音楽で喩えるなら「ベストアルバム」といえます。

光と影、2つの物語

そしてこの「孤島の鬼」は、怖~い雰囲気のタイトルに反して、切ないラブストーリーでもあります。

この物語は主人公・簑浦の恋の成就から始まり、簑浦のもうひとつの恋の成就で終わります。
(これは二股をかけたわけでも不倫したわけでもありません。簑浦の婚約者が最初の殺人事件の犠牲者という、なかなかショッキングな展開なのです。で、また最後に新しい結婚相手ができるのです)

さらに、簑浦の恋物語というだけではなく、もうひとりの主役・諸戸道雄の恋物語でもあるのです。
なんといっても、この諸戸道雄という人物が魅力的です。

諸戸は同性愛者です。そしてその恋の対象は主人公の蓑浦です。
簑浦にとっては、諸戸は恋敵であり(簑浦と最初の婚約者との恋路を嫉妬のため邪魔する)、そもそも親友であり、そして相手は自分を好きだという、とても複雑な関係なのです。
(今風にいうとボーイズラブですね。一粒で四度美味しい内容かもしれません)

そんな複雑な関係の簑浦と諸戸の二人で、殺人事件を追い宝のありかを探すのですが、それが結果的に諸戸の出自の謎を解き明かすことにもなるので、表向きの簑浦の物語の下敷きには、常に諸戸の物語があります。

そして簑浦の物語がピュアでまっすぐなものとして描かれている一方、諸戸の物語は暗くグロテスクなものとして描かれています。
光と影、2つの物語が深く絡み合っているのです。

諸戸はダークヒーロー

ただ個人的には、諸戸のほうの「影のラブストーリー」に強く惹かれました。
簑浦は異性愛者のため、諸戸の思いは最後まで受け入れられません。
それにもかかわらず、婚約者を殺されて悲嘆に暮れている簑浦を助け、探偵役を買って出て殺人事件を解決し宝のありかをさがす。

宝の継承権も諸戸が受け継ぐ可能性もあったのですが、それには目もくれず、結果、宝の継承権は簑浦に帰することになります(厳密にいうと、簑浦の新しい結婚相手が宝の正統な継承者)。

そして最後は、ただただ簑浦の名前を叫びながら病で死んでしまう。
こんな切ない恋ってなかなかない。
うう、悲しすぎて涙がとまらない。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かも知れないのだから。だが、どうか僕から逃げないでくれ給え。僕の話相手になってくれ給え。そして僕の友情丈けなりとも受入れてくれ給え。僕が独で思っている。せめてもそれ丈けの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦君、せめてそれ丈けの…」

本書より

諸戸は報われない思いと知りながら、蓑浦への思いを死ぬまで温め続けました。
そして愛しい人のため、自分を叱咤し、最大限の力を発揮して、やるべきことをやったのです。
諸戸の姿が、時代を超え国を越え、アメコミ映画の「バットマン」(クリストファー・ノーラン版)に重なりました。

呪われた出自から解放され、暗闇をくぐり抜けた彼の魂には、その暗さから生まれたゆえの孤独で透きとおった美しさがあります。
自分にとって諸戸は、誰よりも切ないダークヒーローなのです。

*画像は自宅にある本の表紙を撮影しました。

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