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小惑星『明日の世界より』~倒壊予報~(SF小説)


『繰り返します、明日10月31日に、ホライゾンストリートにあるサイエンスビルが倒壊します、近隣住民の方は可能な限りの安全行動を心掛けてだ……ザーッザーッ』

「また、ぶっ壊れやがった」

「今時、どこの惑星でもラジオ使ってる人なんていませんよ、マスター」

マスターと呼ばれた男は、参ったねとこめかみを掻いた。
店の戸口が強い勢いで開く。

「マスター聞いたかい?さっきのニュース、今日の営業はコロッセオ図書館前の広場で決まりだよな?あそこの真ん前で陣取って、サイエンスビルが倒壊するのを見ようじゃねぇか」

「わかってるよ、今その準備をしてるんじゃないか、邪魔するなら帰った帰った、生憎うちは予約なんか受け付けるような上品な店じゃないんだ、酒が欲しけりゃ、今から自分の場所でも確保しとくんだな」

「ったく、相変わらず『星坊主』は手厳しいや、人の髪には優しさが詰まっていたのかねぇ、お、そこで瓶ビール持ってる女の子は新入りかい?」

戸口から体をねじって入ってこようとする男性は、手に持っていた煙草を何ともなしに店の外に投げた。

「俺の禿げ頭をいじるのはいいが、うちの新しいバイトに唾つけようってなら、容赦できねぇな、さっさといけ!こっちは準備中だって言ってんだろ」

「わ、わかったよ、そう怒んなって、んじゃあ、また夜な、『星坊主』のマスター」

男は、さっとポケットから煙草を出すと、一本加えて、後ろ手に手を振って外へ消えていった。

マスターは戸口を睨んで、舌打ちをしてから、アルバイトの女の子に向かった。

「今のは気にしなくていいからな、さ、早いとこ準備しちまうか」

「は、はい……って今日はこの店開かないんですか?」

「そうか、先月この惑星に来たばっかりか、数か月に一回こういう日があるんだよ、そっちの空き箱とってくれ」

「……はい」

アルバイトの女は不思議そうに首を傾げながら、体は自動的に指示された通りに動いていた。

彼女は1カ月前に別の惑星から、この小惑星『明日の世界より』に引っ越してきたばかりだった。

「そう、なんていうか、俺はずっと生まれも育ちもこの星だから今さら違和感とかはないんだけど、新しく来た人は皆腰抜かすんだよな」

「それってどういうことですか?」

アルバイトの女は空き箱の埃を払い、落ちてきた髪を耳にまた掛けなおした。
それは、何か聞き漏らしてはいけない秘密を自分にだけ向けてもらおうとする子供の仕草に似ていた。

「この惑星の建物にはな、人の記憶が宿るんだよ」

「え」

「夜になればわかる、準備準備」

「……はぁ」

腕まくりをして張り切るマスターとは裏腹に、アルバイトの女はいつまでも要領を得ない表情で、蜘蛛の巣のかかった光指す窓を見つめていた。


夜になると、コロッセオ図書館の前は移動式の店で賑わっていた。
広場は眩しいライトで滲み、人々はテーブルに腰かけ、あちらこちらで酒を飲みあっている。

「マスター、こっちのテーブルにもビール3つ」

「あいよ!今持っていくから、やんや騒ぐな、てか取りに来い」

「あ、マスター私手が空いているんで持っていきます」

マスターは首を横に振った。
頭の上では幾つもの光が細かな虹を作っていた。

「いや、いいんだよ、こんな馬鹿共の相手なんて程ほどにしとかないとな、大体酒なんか飲んでる奴にろくな奴なんていやしないんだ、あ、そうだ、今日休憩まだだったよな?悪い悪い、俺が店番するから、ほら、そこのテーブルで休憩しな、ちょうど見れるぞ、倒壊する建物が」

マスターはアルバイトの女の子に瓶のジュースを持たせると、かろうじて明いている席を指さして、背中を押した。

その間もマスターは、客に酒の催促を受けていた。
「やかましい!酒が欲しいなら、てめぇらできな、こちとら暇じゃねぇんだ」
と怒鳴っていた。

アルバイトの女は最初、客とマスターとのやり取りを見た時には、驚き、心配さえしたが、今ではすっかりとそのやり取りに耐性がついていた。

狭い惑星のなかでは、人々の多くは顔見知りで、家族とは異なる特別な友情のようなもので結ばれており、それは昨今、他惑星の発達した文明のなかではとっくに忘れられた人との距離であった。

アルバイトの女は、丸いテーブルの席に座った。
そこには彼女以外にも3人の老人が座っていた。

「おや、見ない顔じゃ」と尖った帽子を被った老人。
「でも星坊主んとこで働いてなかったか?」と片方のレンズが割れているサングラスをかけた老人
「それじゃあ、最近越してきたのかい」と、タバコを4本纏めて加える老人。

アルバイトの女はただ、頷いた。
人見知りという性格も一つの要因であったが、彼女自身が大都市惑星出身ということもあり、まだこの惑星の人々の距離感に憧れはありつつも馴染めなかった。

アルバイトの女の眼前には何十のテーブルが展開されていて、それを囲うように様々な店が、実に色とりどりの酒を提供していた。

電子時計が緑色の表示で22時57分を表示している。

三人の老人は、アルバイトの女が緊張していることも露知らず、話しかけ続けた。
その土で汚れた手には、瓶ビールが握られている。

「それじゃあ、記憶を持った建物の倒壊を見るのは初めてかい」と尖った帽子を被った老人。

「この15階建てのサイエンスビルはな、科学者が集まって作られたんじゃ」と片方のレンズが割れているサングラスをかけた老人。

「説明が足らんじゃろうに、すまんのお嬢さん、つまりはな、この惑星の建物は人の意志によって建ち続けるんじゃ」とタバコを4本纏めて加える老人。

「お前の説明だって、何言っているかわからんじゃろがい」

と三人の老人はそれぞれ喧嘩し始めた。
アルバイトの女はその小さな喧嘩のなかで行き交っている言葉をかいつまんで、整理した。

ーーつまり、この小惑星『明日の世界より』の建築物には、この惑星でしか取れない材料から作られている。そしてその材料は人々の意志や生活を記憶する。更には、そこに住む人々の想いや願いが一つである限り何十年でも何百年でも存在し続ける。それこそ永遠に。
ふしぎな話だわ。

アルバイトの女は熱気が浮かぶ大気をぼんやりと眺めながら、そのことについて考えていた。
酒飲みたちの雰囲気に呑まれて、酔ってしまったのか、少しだけ心地よく、微かにロマンチックな気持ちになっていた。

ーー建物は、人に寄り添って、人と共にあったから、倒壊するまでそこに住んでいる人はだれ一人として避難しない。
危険なことだわ、けれど、何故だか惹かれてしまう。羨ましいんのかしら?

「おじいさんたち、中にいる人は倒壊と共に潰れてしまうの?どうして倒壊してしまうの?」

「サイエンスビルの中にいる人はだれ一人として潰れやせんよ、わしも今まで沢山の倒壊を目の当たりにしたが、ケガした者とて一人もおらん」と尖った帽子を被った老人。

「この惑星の建物は人の想いで建ち続ける、逆を言ってしまうとその想いがバラバラになってしまうと、倒壊するんじゃよ」

「今回はたまたま、気取った科学者たちが住むサイエンスビルが倒壊するもので、わしら含め大衆はワクワクしておる」とタバコを4本纏めて加える老人。


アルバイトの女はその話を聞いてまた自分の考えのなかに潜り込んでいくのを感じた。

100から始まるカウントダウンの波が耳元で振動している。

暗い空には深緑色の雲が漂っていて、人々の騒がしいだけでとくに意味のもたない気力を物言わず受けていた。

「それじゃ、この建物の人たちの想いは今、バラバラってことですか?
それって寂しくないですか?」

「自分が同じ人間でいられる期間なんて、わしらが考えているよりも僅かな時間じゃよ」と尖った帽子の老人。

「お嬢ちゃんも完璧に10歳の頃のお嬢ちゃんじゃあ、あるまい、それを忘れてるだけでの」と片方のレンズが割れているサングラスをかけた老人。

「だから、ここに集まっている者たちは、ひらすらに酒を飲み、ひたすらに笑い、ひたすらに明日の世界へ生きるんじゃ」とタバコを4本纏めて加える老人。

アルバイトの女はポロリと
「儚いのね」と漏らした。

すると老人たちは
「儚い儚い」と笑いながら、土で汚れたビールを仰ぐようにして飲んだ。

『そら、もうすぐ倒壊じゃ、建物が叫ぶぞ』

「え、建物が叫ぶ?」

『そうじゃ、人の記憶を凝縮した建物は倒壊するときに、今まで一番頻度の多いシーンを叫ぶんじゃ』

「え、それってどういう意味?」

『見ていればわかる、そら、10…9…』

8…7…6…5…4…2…1…


サイエンスビルは一瞬『収縮』した。文字通り建物が勝手に動いたのだ。
アルバイトの女は驚いて、持っていた瓶のジュースを落として割った。
誰もそれを見るものはいなかった。

時期に地響きと共に地面が揺れた。
それぞれのテーブルから色んなものが落ちて割れた。
人びとは指笛を吹いたり、踊ったり、歌ったりしている。

熱気があふれる夜気に、迷った、紫色の星空が困惑したように輝いていた。

建物はぎゅっと絞られるように、徐々に小さくなっていき、建物全体が限界を示すように震えだした。

次の瞬間……

抑え込んだエネルギーを吐き出すように、捻り絞られた建物が元に戻る反動で、屋根が飛び、中にいた白衣をきた沢山の人々が真っ黒な宙に放り出された。

アルバイトの女は短い悲鳴を上げ、目を塞ぐと老人が
『大丈夫、見てごらん』と優しくいった。

アルバイトの女は恐る恐る、目を覆っていた両の手を開いた。

「あ……」

白衣を着た何百人の人々は、まばゆい程のカラフルなパラシュートで高い空に浮かんでいた。
それぞれ、笑っている人、泣いている人、悔しがっている人。

ーー人って、こんなに色んな人がいるのね。
なんだか……

「金平糖みたい」

それを聞いた老人たちは、微笑んでいた。

建物の中にあった家具もそれぞれの風船をつけて、プカプカと浮かんでいる。

「ねぇ、おじいさんたち、とても奇麗な光景ですね」

『ここからじゃよ』

老人たちはまだ笑っている。

建物からゴーンと鈍い音が聞こえてきた。
ゴーン
ゴーン
ゴーン

「今じゃ」
建物がおぉぉとうめき声をあげる。
アルバイトの女はじっと建物の様子を伺った。

『んぉぉぉぉおおおおっそこそこぉぉぉお』
『お、お、いいぞ、んほっいぃぃぞおおお』
『あっはぁぁぁぁぁぁぁぁん』
『お、俺も一緒に、一緒にぃぃぃい』

建物が叫んだ。

周囲は大爆笑。
老人たちも腹を抱えて笑っている。
アルバイトの女だけが、この小惑星で一人取り残されていた。

「いやあ最高じゃ最高、傑作じゃ、これだからお偉いさん方の建物崩壊は見ないと」と尖った帽子の老人。

「まさにじゃ、これがフラスコにもう一つの宇宙をつくることに成功した科学者達が住む建物の叫びかい、笑いが止まらん」と片方のレンズが割れているサングラスをかけた老人。

「あいつらも自分で腹を抱えて笑っているんじゃ、愉快じゃ、パラシュートつけながら、みんな笑ってるわい」とタバコを4本纏めて加える老人。

『どんな人間でも結局はこんなもんじゃ、どの建物も最後には同じようなことを叫ぶんじゃ、人なんて大して変わらんなぁ』

アルバイトの女の周りの人間はみんな笑い転げている。

ひらすらに飲み、ひらすらに笑い、ひらすらに生きる……か。

そうか、儚いからこそなのね。
これが儚いってことなのね。

アルバイトの女は、マスターの方を向いて
「マスター、私も飲みたいです」と叫んだ。

マスターは呆れたようにやれたれと、首を振った。

「あいよ」

小惑星『明日の世界より』は今日も明日もひたすらに飲み、笑い、生きている人々で営まれている。

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