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忍法変わり身の術(忍者×ラブレター)(ショート(もはやショートではない))

(3493文字にて注意)



ーー今しばらく、貴殿のお時間を頂きたいでござる

パチンコに負けて、公園のブランコで腐っていたら、
支払期限の迫った携帯の着信が鳴った。

数年ぶりに
『公衆電話』という表示を見て、懐かしくなった。

気がつけば、夕焼けがさらに傾いて、赤い光線が鈍い煙のように充満した公園には俺しかいなかった。

なんとなく、公衆電話からの着信に『通話』ボタンを押してしまったのは、
夕焼けの世界で、たった一人、閉じ込められるには長すぎると感じたからだろう。

「時間ね、少しはある、つまり携帯の充電が持つ限りは」

ーー拙者を覚えているでござるか?

「いや、侍の知り合いはいないなぁ」

ーー拙者、忍者でござる、水色忍者でござる

「侍より心当たりないかもなぁ」

ーーおーいお茶大学

「5年前に俺が通っていた大学じゃん、俺のこと知ってるの?イタズラ電話かと思ってた」

ーー貴殿は、どうして、どうして、あんなに輝いていたのに、日々パチンコに明け暮れて、破産しかけていて、そんなに人生を諦めているのでござるか?

「輝いていた?」

ーーそうでござる、っそうでござる!!

輝いていた……ね。
まぁモテてはいたかもしれない。
毎週のように異性の告白を受けていたし、成績だって悪くなかった。

そうだ、何気なしに付き合っていたガングロギャル、あいつの一言で俺の自信とか、自分は自分でいて良いのだという感覚が吹っ飛んだのだ。

『え、すね毛濃すぎ、海に行ったらそれで魚獲れるんじゃない?ウケる』

当時付き合っていたガングロギャルな彼女との間に起こったなんてことのない喧嘩のすえ、別れ話にまで発展し、ガングロギャルは最後に捨て台詞のようにそう吐いて、出ていった。

もしも人間の体に魂というものがあるとしたら、俺の魂は10時間ぐらい、キッチンでバタバタと音を立てながら回る換気扇に飛ばされないように、どこかにしがみついていたと思う。

ガングロギャルと別れたのは夜だったのに、気づけば、同じところに立ったまま朝を迎えていて、携帯のアラームが俺の魂を換気扇の危機から救ってくれた。

俺はもう仕事にも行けなくなっていた。
俺が俺であるという自信は、結局のところ虚構で、自分がせっせと作り上げて本物だと信じていた張りぼてに過ぎなかったのだ。

ただ『すね毛をいじられたくらいで』と世の中の人は笑うだろう。
けれども、俺自身が気づいていなかっただけで、すね毛の濃さは、俺のコンプレックスだった。

人は誰もが『価値観の核』を持っている。
つまり、それが金持ちだとしたら、金が無くなったら自分に価値がなくなる。
芸術だとしたら、他人の才能を見て、自分の作品が嘘みたいに感じるとか。

価値観の核に直面する人もしない人もいるだろう。
ただ、俺の場合『価値観の核がすね毛』だっただけだ。

ーー貴殿が座っているブランコの裏側を探ってみてほしいでござる

俺は適当に漕いでいたブランコを止めた。
ブランコの裏側には、日差しで色褪せて、四方がボロボロに千切れたり、なんらかの汚れが付着した封筒が貼り付けられていた。

「これが、なによ」

ーー開けてみてほしいでござる

「え、毒とか塗ってないよね?」

ーーそんなことしないってば!

あれ、今、語尾が……普通だった気がした。

「そうか、毒、ないのか、そりゃ残念」

ーー残念?

俺は破れないように封筒を剥がして、
もう一度ブランコに座った。

パチンコに負けると必ずこの公園のブランコに揺られるものだから、自然とブランコを漕ぎだしていた。

「開けていいの?」

ーーも、もも、もちろんでござる

「おっけー」

封筒から出てきたのは、それまた古く崩れやすくなった手紙だった。
大半の文字は、もはや掠れて読めなくて、反射的に目を細めれば読める単語もあったが、文脈がわからず、それらは言語としての意味を持たなかった。

1枚目、読めない
2枚目、ところどころ読めるが、文の前後が掠れていて読めない
3枚目、ほとんど読めないが1番下の1文だけ鮮明に読めた。

震えたような字だった。丸みを帯びていて、とても丁寧に気を配りながら書かれた字だった。

『好きでござる』

「何これ」

ーーラブレター

「俺に?」

ーーうん、そう

「あれ、ござるは?」

ーーそうでござる!!

「なんでまた俺に?というかいつの?」

ーー5年前、おーいお茶大学に在学中に書いたでござる、そして直接貴殿に告白もして、振られたでござる

「忍者の子に告白されたら覚えていると思うけどなぁ」

ーーそ、そのときはまだ忍者になっていなかったでござるよ

「え、それならどうして、忍者になったのよ」

ーー貴殿が、君が忍者になってくれたら、考えてもいいって言ったからでござる、それで5年の歳月、シノビの里で修業したすえ、一人前の忍者になったでござる

正直、意味が分からなかった。
一人の人間と付き合える可能性にかけて、シノビの里で修業して忍者になるってなによ。
俺、その5年間、これまた救いようのない女とダラダラ交際して、ギャンブルにおぼれていただけなのに。

「俺の事を好きになったきっかけは?」

ーー『不幸の定義化は、自己を放棄することに他ならない』って、貴殿が拙者に教えてくれたでござる、それで拙者は変われたでござる

思い出した。
あの眼鏡をかけた、黒髪ロングの子か。
顔はぼんやりとしていて思い出せないけれど、なんとなくわかった。

「いや、あのそのセリフさ……」

ーー当時、貴殿がハマっていた忍者漫画に出てくる登場人物のセリフ

「そう、なんだ知ってたの、知ってて俺に惚れるかねぇ、当時の俺ガッツリ影響受けてたからなぁ、それで忍者になったら付き合うみたいなこと言ったのか、俺軽いなぁ」

ーーでも、その軽さに救われた人間がここにいるでござる

「そもそも、なんでそんな話になったんだっけ?全然思い出せないわ」

ーーそれは、内緒でござる

「え、なんで」

ーー拙者だけが知っていればいいこと、それに人は、真剣なアドバイスを何重にも送られるよりも、たった一言、一見無責任にも思えるけれども、遠巻きに自分のことを思ってくれて言ってくれた言葉の方が、うんと支えられることもあるでござる

「そっか、やべ、そろそろ充電が……」

ーーへ、ラブレターの返事は?

「うん、ごめんなさい」

ーー……やっぱりそっかぁ、理由を聞いてもいいでござるか?

「俺のすね毛が……濃いから」

ーー本気?

「ちょう本気」

ーーつまり、それさえ、気にならなかったら私と付き合ってくれるってことでござるか?

「え、あ、そうか、そういうことになるのか、でも俺のすね毛、下手したら海で自動的に魚を捕まえられるかもしれないくらい長いよ」

ーーうん、5年前から知ってる、君必死で長ズボン履いて隠してたけど、私に漫画貸してくれたとき、急いでたんだろうね、普段なら素足みせないよう警戒するはずだったのに、走ってズボンの隙間から60センチくらいのすね毛見えてたよ

「……それで……すね毛を見てなんとも思わなかったの?」

ーーすね毛を見て何を思うの?

「いや、きもいな、とか長すぎワロタとか、こいつ無理とか」

ーーすね毛くらいで?

「忍法変わり身の術」

ーーそんな術ないよ

「違うよ、今のは俺を変えるための忍術」

ーー……それで返事は……変わった?

「変わった」

ーー聞きたいな、あ、そうだ、ねぇ君も忍者になる?修業は大変だけど、一つの君の夢が叶うんじゃないかな」

「本気?」

ーーちょう本気

「悪くないかもね、俺頑張ってみようかな、やり直せるかな、この人生」

ーー君次第だね

俺次第の人生なんて、人生にあったのか。

「それなら俺はどうすればいい?」

ーー今から迎えに行くよ、返事はシノビの里に行くまでの道で教えて

「それで俺がフッたら気まずくない?」

ーーそしたら、また5年待とうかな

「お、おう」

ーー今から、貴殿を迎えに行くでござる

俺は5年間も何を気にしていたのだろうか。
あらゆる人に対して、塞ぎこんでいた気持ちとか、自分でいて良い感覚とかすんなりと俺に戻ってきた。

たった一人の言葉で、俯いて、
たった一人の受容で、また見上げて。

『不幸の定義化は、自己を放棄することに他ならない』……か。
俺の事まんまじゃん。

なんで、すね毛が濃いことが不幸だと思っていたのだろう。
それだけで、こんなに長い間、歪んで。

「付き合うか」

ーーえ、今なんて……

そこで電話が切れた。
どこからか忍びが大急ぎで近づいてくる音が、夕焼けのまま止まった公園の中、賑やかに反響していた。

止まっていた夕焼けは、目の前を掠めていった秋茜の羽ばたきと共に、どこかへ帰っていった。

そうだな、俺は……赤色……赤色忍者にでもなるか、なんのこっちゃしらんけど。


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いや、あの、もはやショートではないです。
つつつつぎ、気をつけます。

書いてたら、盛り上がってその、すいません
しれっと毎週ショートショートに投稿して、すすすすいませーーーん

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