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社会人一年目の思い出

毎日仕事が辛くて、母に毎晩電話で話を聞いてもらっていた

母だって毎日働いて疲れてるのに、付き合ってもらって悪いな、と思っていた

私が今日はこんなことがあり辛かった、と話すと、決まって母は、ネガティブ思考で認知が歪んでいる、考え過ぎだ、と決めつけた

母なりの励まし方だと分かっていたので、無理に納得したフリをした

本当は、私がありのままに感じたことを母は全く信じてくれないんだな、と思っていた



またある時、母は若いとき仕事で苦労した話をするのだった

どんな厳しい人間関係に耐え抜いたか、どんな過酷な労働環境を乗り越えたか、毎回決まったエピソードを繰り返すのだった

毎日死にたいと思ってた、毎日朝が来なければいいと思ってた、母はそう言ったのだった

だから私の苦しみなんて、私の死にたさなんて大したことないんだ、って言われているかのようだった

でも、母なりの喝の入れ方だと分かっていたから、何も言わなかった

感謝しているフリをしたのだった



私の話がひとしきり終わると、母はいつも自分の仕事の愚痴を始めた

聞いてもらったんだから我慢しなきゃ、
でも私は新卒一年目で日々悩みしかないのに、
我が子なんだから一年目くらい無償で話を聞いてくれたっていいじゃないか、
でも母だってストレスは溜まるし、
母には他に話せる人がいないんだから我慢しなきゃ、

と自分に言い聞かせるのだった

母は自分の話が始まると、私が疲れてきっていて、翌日も仕事があるということを忘れてしまうようだった

でも、一人ぼっちのアパート暮らしが寂しくて、つい付き合ってしまうのだった



仕事の愚痴よりもっと辛かったのは、父についての話だった

父が母の人生をいかに滅茶苦茶にしたか、母は怒りを込めて吐き出すのだった

私の半分は父で出来ているのに

私の半分を殺されている気がした

ある時ほろりと、その話を聞くのは辛いと零したことがあった

母はしばらく黙り、それじゃあ私は誰にこの話をすればいいの?と言った

そんな役割を我が子に求めないでくれよ

我が子が自立して安定した大人なら、時には支えを求めたっていいかもしれない

だが、私がそんな立派に成長したように見えるのだろうか

そんなことも分からないのだろうか

二十代後半でやっと新卒、やっと就職、やっと社会に出たばかりの私には、荷が重すぎるとは思わなかったのだろうか

でも、母だって精一杯で辛いんだから仕方ないんだ、と自分を押し殺したのだった



電話を切ると、
アパートの部屋のがらんとした孤独と、
全身に広がる疲労感と、
遠い空腹感と、
心地わるい眠気と、
聞きたくもない話を忍耐強く聞いた後に感じるあの頭と胃の重たさだけが残るのだった


ああ、明日のために寝る支度をしなくちゃ


そんな社会人一年目の思い出

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