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映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』

『ミセス・ハリス、パリへ行く』という映画を観た。舞台は1957年のロンドン、そしてパリである。

原作はアメリカの作家ポール・ギャリコの物語「ハリスおばさん」シリーズの一作目「ハリスおばさん、パリへ行く」である。(「ミセス・ハリス・・・」に改題して再販したようだ。)

ハリスおばさんはロンドンの名物である陽気でお節介な通いの家政婦さんの一人。このシリーズは全部で4作あり、ロンドン名物のお掃除おばさんがパリ、ニューヨーク、国会、モスクワに行き騒ぎを起こしながらも皆に愛され、最後は落ち着くところにうまく収まるという話だ。労働者であるおばさんと雇い主である上流階級の人々とのやりとりが、時に傷つき、切なくなりながら、心温まるエピソードにつながっており、人生悲喜こもごもと思わせられるシリーズとなっている。

ハリスおばさんの活躍が痛快で面白い物語であると同時に、モップでひたすら床を磨き、真面目に一生懸命働き続け、いつも人を信じては裏切られ、傷つき、そんなおばさんの姿に自分の経験を投影して切ない気持ちになったりもした。もう何十年も読んでいなかった本のタイトルを映画館の上映作品の中に見つけた時には驚いたと同時に懐かしくなった。
レビューも評判が良かったため、観に行ったのである。

驚いたことに席数200席ほどのスクリーンがほぼ満席であった。
映画はテンポよく話が進み、ミセス・ハリスの役者の演技にも引きこまれ、終盤まで一緒になって一喜一憂していた。ミセス・ハリスはお掃除おばさんでふだんは透明人間のように「存在しないもの」のような扱いをされ、それでも自分自身はプライドを持って人生をまっすぐ生きている。

そんなミセス・ハリスの生き様が周囲の人に伝わって優しい気持ちにさせるのだろうか。透明人間のようないてもいなくても同じ存在と思われているからか、酷く傷つくことを何気なく言われたりもする。それでも毅然と前に向かって進み、人を信じて人に優しくするミセス・ハリス。お節介焼きのミセス・ハリス。自然と彼女を応援する人たちの輪が広がっていく。
とても心が温まる映画だった。

65年も前の時代を舞台にした映画がなぜ今作られたのだろうか。最近の世の中は、皆余裕もなく人に構うことはせず自分のことで精一杯で殺伐としてきている。お節介焼きのミセス・ハリスの生き方をみて心温まる人が多かったのではないだろうか。今こうした心に安らぎを与える、優しい気持ちになれるものを人は求めているのかもしれない。

人間関係は希薄になり、余計なものには関わらないのがよしとされる価値観の昨今、人は古き良き時代の価値観を求めているのかもしれない。疲れた顔をしている人に「大丈夫?」と声をかけたり、「おはようございます」「ありがとう」とあいさつをしたりすることは今ではお節介と呼ばれるかもしれない。無視され「存在しないもの」のように扱われたとしても、ふとした優しさが誰かの心に触れ温かい空気が広がっていくかもしれない。そんなお節介が今求められているのかもしれないと思った。

心温まる体験をしたい人におすすめしたい映画だ。

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