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語るを騙る大人を知った経験を真面目に語ったが、自分が騙ってないだろうかと不安になる

会社を辞めようとしていた後輩と一年ぶりに遠い現場に行くことになった。前回の経験から私は、運転席にあらかじめ座っている。

彼は、私が運転席に座っていることに違和感を感じることなく自然に助手席に座ってきた。余りにも自然な助手席の座り方に一年の経験値を感じた。そして、それと同時に私が彼を乗せて運転した一年間の総距離を知りたくなっていた。

「コニシさん。どうぞ」

彼は、温かいブラックの缶コーヒーを私に渡した。私がブラックしか飲まないことを知った一年に彼の成長を感じた。

「先輩ありがとうございます」

根っからの後輩気質の私は、見た目は同期に見える歳の離れた後輩にきちんと挨拶をしてから、缶コーヒーを開けて車を走らせた。

「お礼は昼飯で良いんで」

スムーズに助手席に乗り、昼食を奢ってもらう手筈を整える一連の仕事の流れから、彼が偉くなったなら絶対に面倒を見てもらおうと私は決めている。

車は、湘南海岸を走り横須賀方面へ向かう。烏帽子岩を過ぎると、サザンオールスターズの話題を出しながら、いつ私の美声を披露するかのタイミングを伺っていた。だが、遮るように彼が本題を切り出してきた。

「コニシさん。ちょっと聞いても良いですか?」

 先に歌われるのかとドキドキしていたが、そうではなさそうなので取り繕った。

「世間的に聞いても良いかと聞かれて悪いとは言えない流れだが、君の女性問題は弁護士を通した方が良いと思うぞ」

私は、先輩らしく話題を先読みし、昨今の流れから素人的な判断は出来ないと的確なアドバイスをした。

「コニシさん。転職したことありますよね?友人も去年から結構転職してる奴が増えてて、どう思いますか?」

私の渾身の女性問題のアドバイスがどちらに飛んでいったのか行き先を知りたかったのだが、どうやら彼はまた仕事で悩んでいるみたいだった。

二十代も中盤になると、転職する仲間が増える。皆、それぞれ現職に対しての不安や不満を解消するためだという。転職することへの躊躇いなどは、全く無く希望に満ちているという。

入社した当初の希望はどこへやらだが、人間は悩むことをやめない。心が動いているときは自分の反対意見などは通りすぎるだけだ。実際、転職して良かったという話しか心に残っていないため、ミスター転職王の私に聞きたくなったという理由だった。

「コニシさんは、どうして転職しようと思ったんですか?この会社に転職者の人が全然いなくて聞けないんです」

「君の質問は、ある意味幸福かも知れないし、不幸かも知れない。君が思う違う仕事をしたいと思うときはどんな時だい?」

彼は、少しだけ考えてから答えた。

「他のことをしたいとか、不満があるとか、やりがいが無いとか、嫌な奴がいるとか、休めないとかですかね」

「なるほど。それはその通りだ。そして、違うとも言える。どっちが聞きたい?真面目な話と真面目ではない話」

「じゃ、たまには真面目で良いですか?」

私は、自分の経験を彼に伝えることにした。

「君と同じくらいの年齢の時に、私は『大人は平気で嘘をつく』ということを知った。こちらの誠意には誠意で返してくれるのが大人だと思っていた。実際は、不誠実で成立しているのが社会だと知った。私は、精神的にも限界に来ていた。次に選んだのは自然相手の仕事だった。人間の不自然さに疲弊した私は、自然に安心を求めた。自然は嘘をつかないからだ。月に、二、三度だけ神奈川に帰ってくるような山の仕事を選んだ。肉体労働だね。これはとても楽しかった。自然はキレイだし、逆らえないし抗えないのを体感したからだ。誰もいない山の中で人間としての小ささを知った。体脂肪だって常時一桁だった。お金の使い方も派手だったしモテたね。もう一度言うけど、モテたね。だけど、軀が持たなかった。ちょうど結婚もして、これ以上軀が壊れたらまずいと思って職を変えることにした。産廃回収のトラックドライバーもやったさ。ちょっとトラックも運転したかったんだな。そこは成果主義の会社だった。会社としては正しいが、個人の収入にダイレクトに響く会社は人の入れ替わりが激しくて足の引っ張り合いだった。周りを信用出来ないんだね。それこそ車にイタズラされたりして命の危険を肌で感じた。そして、満を持して今の会社に来たわけだ。どういうワケだか最終的にサラリーマンであり、モテリーマンだ」

彼は、私の話を珍しく相槌を打ちながら真剣な表情で聞いていた。

「それは、結構ベビーですね。でもちょっと他人事だと笑えますね。その人生」

どこに笑える要素が存在するのか聞きたかったが、傷つくのになれていない私は聞かなかった。そして、所々に挟んだモテエピソードを話す機会を伺っていたが、それすらも訪れずにただ傷ついていた。

「それは、就職氷河期とか関係あるんすか?結構他の先輩も言ってるし。時代とか世代とかってそのせいにしてる感じの人多くないですか?」

変化球を装った直球は、びっくりするほど心が痛くなる。

「おい。言い方!それもう、私が時代とか世代のせいって言えないやつ!まぁ、他人は知らないが私に関して言えば、それは『まったく関係ない』そもそも君は、私が現状を嘆いているように見えるかい?」

「それ、『はい。嘆いてそうに見えます』って言えないやつですね」

良い返しをするようになったなと、心で褒めながら、彼を手塩にかけて育てた甲斐があると感じていた。

「仕事がすべてなら大失敗の人生かもな。だけど、そうではないから楽しいしか言えんな。私の周りでも出世して社長になった奴とか、役職ついて第一線で仕事してる奴もいっぱいいる。その反対側の奴もな。だけど酒呑むときや、久しぶりに会うと、身の上話なんてほんの数秒だぞ。肩書きなんて皆、いくらでも騙れることを知っているんだ。それよりも、『今、何が楽しいか』しか話してないわ」

「わかる気がします。人のことなんて、意外と誰も気にしてませんよね。自分、最近仕事任されるようになってきて、なかなか周りに相談しづらいし、責任負いたくないし、失敗も怖いんですよ」

すでに私のことを気にもしていない彼は、私の人生大失敗のフォローもせずに、この日はじめて悩みの原因を話し始めた。

「かといって、偉くなったりしたいワケでもなくて、元々この仕事が好きなことでもない。働く意義みたいなのも持てないんです。だから、環境変えれば変化するかなって思ってて。どう思いますか」

仕事も一つの演技だと考えている私は、人生のなかでも一位を争うくらい出来る限りの渋い声を発声させた。それがしっくり来るような時間だった。

「よく、やりたいことを仕事に出来て幸せですとか、最高の環境ですとか、世の中のために働いていますとか、お金稼げますとか。仕事が人生と直結していて、輝いている人がいる。だけど、世の中でそれはごく少数だ。それは、主役になる人達の話だ。ほとんどの人がそこに憧れながら、そこの真似をしつつ取り繕いながら妥協点を探して生きていると思う。君が責任を持ちたくない。失敗したくないというなら、一度投げてしまえばいい。君だけにしか出来ない、君がいなければ成立しない。そんな仕事は主役でなければ、ほとんどない。例え投げても逃げてもだいたい何とかなるんだ。でなければ、会社の意味がない。投げたことがないなんて、面白くも何ともないぞ。君はそれを知ったところで人生がつまらないかい?」

彼は、私の渋い声に渋い声で対抗してきた。後輩役を全うするところが彼の良いところだ。

「コニシさん。自分、人生楽しいっす。大きく考えたらそういうことっすね。じゃ、コニシさん。自分の仕事代わりにやってくださいよ」

「昼飯ご馳走してくれるなら、やってもいいぞ」

「分かりました。先輩ありがとうございます」

私は、上手くまとめたと思った。

「コニシさん。でもそれを決めるのは、真面目な話の方を聞いてからにします」

今のが真面目な話だよ。とツッコミそうになったが、それは言わずに考えていた。転職しようがしまいが、一人ではどうにもならないことが多すぎる。仕事を軸に考えすぎると逃げ道がなくなる時もある。それは、良いことでもあるし、良くないこともある。今、仕事中心で全力を尽くしている人達のおかげで楽しめて生活出来ている部分が多い。私の価値観では、そこに全力を注げないが、せめて、関わる人を裏切るようなことだけはしないのが大事なのだろうとやっぱり考える。結局は、「人生楽しいぞ」と言い切れる今は私の正解だと考えている。

人の数だけ考え方は存在する。

車は江ノ島、鎌倉、逗子を越え、横須賀に入っていく所で、この日の思考をプレゼントしてくれたお礼に、彼に降参の一言を添えた。

「お昼ご飯ですが、私からご馳走させていただきます」

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