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探せない過去最高に埋もれている日々へ

自作において、過去最高の作品というものに出会った人達は、一体どれくらいいるのだろうか。

私には、ハッキリとした過去最高の作品というものが存在する。厳密に言うと、その作品の記憶が無くなりかけていて文体や形も説明出来ない。だが、あの日の自分の頭の中で物語が勝手に浮かんだ感覚と、何を書いていても上手く行き着くという絶対的な自信と、それに準じた快感に襲われたのは、生まれて初めてのことであり、あれ以来味わえない感覚なのだ。

私は、自分がどんな状態の時にそれが起きたのかを考える。私は、あの日の物語を今でも探しているのだ。

十七歳の私は、進学校に在籍していたのにも関わらず、皆勤賞を目指すだけの純情ボーイだった。長期の休みに入ると、同じ学校の友人達のほとんどが予備校に通うので私には遊び相手がいなかった。

居場所が無い私は、地元の進学しない中学時代の仲間と遊ぶのが日課になっていて、そこに何の違和感も感じずに遊び呆けていた。その仲間の中でもタカポンと呼ばれる男がいた。彼は、中学からの同級生で、その当時から学歴社会と敵対していた。その成績から進学出来る高校が無いかも知れないと先生に言われていても何の危機感も持たない素晴らしい奴だった。

そんなタカポンでも通えることになった高校には、「伝説をつくる」と全裸で登校して、そのまま全裸で退学になる奴がいるような高校だった。

その中でもタカポンは真面目に通っているにも関わらず、相変わらず学歴社会と敵対しており、進級が危ぶまれるほど成績が悪かった。

「タカポンは勉強にたまたま向いていないだけだ」と私は思っていたし、タカポンもまた私に対して「お前は勉強に向いてないだけだろ」と言っていた。だがしかし、お互いが何に向いているかの言及はしてはいけない暗黙のルールが出来ていた。

だからこそ仲が良かった。

春休みのその日、朝から暇で何もやることがない私は、爆音の原チャリに跨がり、タカポンの家に向かった。人見知りで喋れない私は、私の代わりに喋ってくれる原チャリでブンブン吠えるタイプだったのだ。

この日はタカポンと、24時間耐久でホラー映画や、怖い話を鑑賞し続ける約束をしていた。この耐久シリーズは、「限界縛り」と名付けられていて、長期の休みに入ると必ずどちらかの家に集まり、どちらかがギブアップするまで続けるというのがお決まりだった。

そのジャンルは多岐に渡る。お笑い、女性、体力、女性、感動、女性と続いており、ついにホラーシリーズに辿り着いたのだった。

ホラー映画や怖い話をレンタルビデオ店に借りに行こうとタカポンを呼びに行ったのだが、その日のタカポンは「明日は俺には訪れない」と暗い表情をし、凹凸がない薄い顔なのに、なぜか濃い陰影がついていた。

「約束したけどな、もう無理かも」

大体、ネガティブなことしか言わないタカポンも、この日ばかりは本気のテンションで攻めてきた。それが逆に演技に見えてしまうような攻め方だったので、私もお返しに得意の演技を披露することにした。

「約束は守るためにしたんだろ?何があったかなんて聞くことは絶対ないが、俺に出来ることなら協力してやるさ」

私は首をかしげながら両手を開くオーバーリアクションで、協力を装いつつウインクをし、決して何が起きたのかはタカポンに聞かなかった。つまり理由を聞かないから協力はしない、という高等テクニックを使った。

「実は、このままじゃ進級出来ない。絶対無理な課題があるんだ」

せっかく使った高等テクニックも、華麗にスルーされたら意味がない。私はこの時初めて演技とは奥深いものだと知った。毎日が劇場みたいな世界にいるタカポンは、私の演技を気にするようなタカポンではなかった。むしろ、私の声すら届いてもいない。私のことが見えているのか逆に聞きたいくらいだった。タカポンは、進級するのに先生から言われた提出課題が難し過ぎると嘆いていた。

「この前、体育会系の部活の応援に出席すれば進級出来るって言われてたんだ。だから、俺はちゃんと出席したんだ。そしたら俺が応援に来たってことで、クラスみんなが俺に拍手するくらい盛り上がったのに、先生はさらに条件を出して来たんだ」

私も応援に出席するだけで、拍手喝采を浴びてみたいと思っていた。

「先生は、俺に『この日の感想文を十枚書いて持ってこい』って言ったんだ」

当時から推理小説を好きな私には、この謎はあまりに簡単で寂しいくらいだった。

「タカポン。これは簡単過ぎる。たった十枚で良いんだぞ。何文字かなんて指定がないだろ?だったら十文字で出せば良い」

一枚に大きな文字で書いて十枚にすれば良い。一休さん並のとんちで返す。我ながら完璧な作戦だった。

「『進級させてくださいね』これで十文字だ。さぁ俺達にはホラーが待ってるぜ」

私が、自分自身の文才に惚れたのはこの時が初めてだ。

タカポンが私に高々と掲げた紙は、本物の原稿用紙だった。私は、タカポンの学校にも原稿用紙が存在していたことに心底ビックリしていた。

「こんなに四角くて文字書くとこがいっぱいなの書けないよ」

「マスな」

私は、まずマスと呼ぶことをそっと教えてあげた。そして、これがどう考えてもタカポンを進級させる気がない先生の魂胆を私は理解した。私は当時から心の中で「人に隠れて読書する読書家」を一人で名乗っていた。村上龍を読みながら村上春樹を風の噂で聞き、「村上一族ってスゲーな。入りたいな。村上の亭号欲しいな」と思っていたくらいだ。小説家も落語家と同じように亭号を名乗っていると思っていたくらいの読書家だった。

だから、人の心の裏を読めてしまう。

タカポンは、五七五の課題だって出来ない。

「『おはよう』に『。』つけて『おはよう。』の五文字にしても良いかな」と聞いてきたことがある。私は、そんなタカポンが大好きだった。

「そこは『。』より『!』の方が元気良いんじゃないか?」と完璧なアドバイスをするくらい大好きだった。

そんなタカポンが、本当にピンチを迎えていた。絶望を感じた人間は薄ら笑いを浮かべるのかと人間観察しながらも、さすがにこれはまずいと思った。タカポンが課題をクリアしなければ、ホラーを見れない。それは、その次の「女性」ターンが訪れないことを意味している。

これに気付いた私も絶望した。私はこの時の自分の口元を触った記憶がある。私も間違いなく薄ら笑いをしていた。やはり人は絶望すると薄ら笑いになるのだろう。

大体、私達の「女性」ターンは、タカポンの親父のレンタルビデオカードで借りている。私達では年齢制限で借りれないのだ。次に借りる予定のビデオが頭に浮かぶ。

水鉄砲で乳房を当てるやつだ。

これを借りるのをずっと楽しみにしていた。二人で水鉄砲で公園でイメトレまでした。右回りで当てるのと左回りで当てるのは、どちらが快感なのか試した。間違いなく普段の生活とは逆周りの方が新鮮さから軀がほとばしると知った。

そして生まれて初めて、立ち塞がる絶望の壁とは壊すために存在するということを知った。

「俺が立ち上がらなければ、俺達の明日は見えない」

私は、タカポンを苦しめる先生が憎くなった。それは同時に私の欲望を咎められている気がしたからだ。この時ほど、頭の中が洗練された透明な感覚に陥ったことはない。たぶんこれを説明するなら「ゾーン」に入ったのだと思う。

私は、タカポンにこう言った。

「今すぐに、俺が言ったことを書き始めろ。お前を苦しめる先生に、俺がお前のそばに居たことを思い知らせてやる」

そこから、ノンストップで十枚を書き上げたのだ。時間にして、約90分くらいだったと記憶する。それが速いのか遅いのか普段から小説書いている人に聞いてみたいものだ。

この課題で私は、タカポンの記憶の中を彷徨うことになる。それを前提にキーワードを引き出し、私は作品を作った。課題のタイトルは、「目標達成までの道のり」だ。

それはタカポンが、電車に乗り東京の会場までたどり着き、クラスの皆から拍手されたという一大冒険物語の予定だった。

私の頭の中は、走りに走った。私の記憶ではないことが功を奏したのか、現実に虚構を交える楽しさに溺れながら創作の海に飛び込んでいた。

朝、目覚めて今日の一日を思うと僕はコーヒーを飲まざるを得なかった。そのコーヒーは、いつもならインスタントなのに今日のことを思うと、豆から挽かなければ気が済まなかった。香り立つコーヒーを飲み、「苦い」と感じた。これが「美味い」と感じる日は僕に訪れるのだろうか。

確かではないが、おそらくこういう始まりだった。これは、タカポンと会うたびに話しているので正しいと思う。これを私の口から聞いたタカポンは、初めて私を「本物のアホ」だと感じたと言っている。

物語は、タカポンがこの後、顔を洗い、髪を整え、服装を決める。そして、家に別れを告げ旅立つ決心をする。ここまでに、原稿用紙の半分五枚を使ったのだ。

伊勢原駅で、万が一反対方向に向かわないように、東京方面のホームを間違えないように人に訪ねる章で二枚。この辺りに差し掛かると私もタカポンも、この登場人物に恋をさせたくなっていた。

電車内でのキレイなお姉さんへの恋心に残り三枚を費やす。

水鉄砲を乳房へ当てる妄想を止めようとしている僕を止める術を僕は知らなかった。

この名言も、いまだに二人の会話に出るので合っているのだろう。

こうして、会場最寄りの駅に到着したところで物語をピッタリ十枚、四千文字でこう締めた。

「目標達成までの道のりは、僕には遠いと感じた」

タカポンは、無事に進級した。タカポンの学校は閉校したので現在は存在しない。つまり私の目標達成までの道のりはもう読めないことを意味する。私は、日々ゴールが見えないままでいる。

なんのはなしですか

願わくば、この物語をあとがきに添えたい。これでちょうど原稿十枚、四千文字だからである。





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