自然金利がマイナスの経済

アベノミクス(ないしリフレ派)の理論、及びその欠陥(マニアック)

一般向けのアベノミクス(あるいは異次元緩和)の解説と批判については、なぜ異次元緩和は失敗に終わったのかの方で既にまとめてある。

翻って、この記事では、アベノミクス(というよりリフレ政策)の理論の解説をよりテクニカルな部分に深めた上で、その構造的欠陥についても深く考察する予定である。

目次は以下の通り。

①流動性の罠の理論とインフレ目標政策(調整インフレ論)の構造

②内生的貨幣供給論を通じた反論 / 「流動性の罠」から「信用創造の罠」へ

③短期不況理論から長期停滞理論への理論的シフトの構造(2017/12/29追記)

もし関心があればご購読いただけるとありがたい。


①流動性の罠の理論とインフレ目標政策(調整インフレ論)の構造

クルーグマンによるプレーンな不況モデルの紹介は、日本がはまった罠及びIt's baaack論文にまとまっている。その平易な解説は、冒頭に述べたようになぜ異次元緩和は失敗に終わったのかに譲り、ここでは端的かつテクニカルに解説する。

クルーグマン・モデルの核は、自然金利の沈降にある。自然金利が沈降する理由自体は自明ではないが、上記リンクで指摘されているのは人口動態(人口減少)である。他にも、議論を三世代OLG(Overlapping Generation model, 世代重複モデル)に拡張した場合は、デレバレッジング・ショックや所得格差拡大が不況発生要因となる。(参考:長期停滞のモデル

(予想)成長率減少が自然金利沈降に繋がるのは、消費の限界効用逓減、及び消費-貯蓄選択に基づく。将来(予想)所得の減少は、将来消費の限界効用を引き上げ、将来消費=貯蓄を増やす圧力になる。これは貯蓄の報酬であるところの金利を引き下げることになる。

そうした自然金利沈降がマイナスに到達すると、潜在貯蓄が超過する状態になり、消費が過少となるクルーグマン型の不況が生じることになる。名目金利は0以下には下がらないからだ。

名目金利のゼロ制約の中で自然金利がマイナスになれば、経済が均衡するためにはインフレが必要になる。(なぜならば、均衡名目金利=自然金利+均衡インフレ率)

経済が仮に価格伸縮的である場合は、将来の物価水準に対して相応のインフレが起こるように、現在の物価水準が下落することになる。(例えば、自然金利から逆算される均衡インフレ率が3%で、現在の物価水準が103、来期の予想物価水準が103であると仮定した場合、来期に対してインフレが生じるために、現在の物価水準が103→100へと下落する)

非常にトリッキーだが、「将来的にインフレを起こすために、今デフレを起こす」という構造を持つことになるのだ。

価格硬直的な(現実的な)経済の場合は、上記で示したデフレ圧力が、単なる物価下落だけでなく、生産抑制にも働くことになる。すると、現在物価が十分に下がらず、そのためインフレ予想の上昇も不十分となる。そうすると実質金利の低下も不十分になるので、実質金利>自然金利となり、経済は不均衡による不況へと陥ることになる。

この場合、将来の(予想)物価水準を十分に引き上げることが出来れば、現在の物価水準に下落圧力がかからなくなり、不況から脱却することが出来る。これがクルーグマンの調整インフレ論である。

追記:2017/12/29 上記の議論をまとめると以下のようになる。

元来、人口減少などによる将来生産減少予想(成長低下予想)は、インフレを”もたらす”とされると直観的に考えられてきた。しかし、クルーグマンによる定式化と実際の経済は、成長低下予想がもたらすのはデフレであると示した。そして、成長低下予想はむしろインフレを”必要とする”のである。

経済に「必要なインフレ」を齎すにはどうすれば良いだろうか?

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