長期停滞経済のトリレンマ

バブルと長期停滞の関係と対策 / "北欧モデル"の落とし穴

近現代型の金融資本主義経済は、バブルとは切っても切れない関係にあると言っても過言ではありません。

(バブル経済-Wikipediaより)

昨今は特に、日本のバブル景気(崩壊後、"失われた20年"に陥った)、中南米バブル(崩壊により、メキシコ通貨危機などが生じた)、世界的な不動産バブル(このバブルの崩壊は、俗に”リーマンショック”と言われる世界同時金融危機を起こした)といった具合に、バブルとその崩壊(ブームとバースト)は、その規模と頻度を大きくしてきているように見えます。

巷では、こうしたバブルに対し、「先進諸国の過剰な金融緩和が原因」→「未然に金融引き締めを行うべきだった」という論調が目立ちます。(参照:バブル期の金融政策とその反省

しかし、バブルが起きている経済では、たいてい物価の上昇率はさして大きくないことが多いです。もちろん「未然に引き締めろ」派は、物価よりも資産価格にフォーカスすべきだと論じるわけですが、物価が上がっていない=財・サービスへの名目総需要は過剰ではない以上、未然に金融引き締めを行うことは総需要の不足を起こす可能性が高いでしょう。「バブルとその崩壊を防ぐために人為的な不況を起こす」というのでは本末転倒となってしまいます。

そもそも、資産価格が急激に上昇するような経済において、なぜ総需要が過大にならないのか? というパズルに取り組む必要があります。このパズルの解決こそが、より正しいバブル対策の道を開くことになるはずです。

ローレンス・サマーズやポール・クルーグマンといった"長期停滞論"の経済学者たちは、「長期停滞下の経済がバブルを"必要"としている」と主張しています。バブルが頻発するようになった1980年代から、先進諸国は既に潜在的な長期停滞に陥っており、バブルによって糊塗されていたと主張しているわけです。彼らの実際の記事の記述から、この考えと、そこから導かれる解決策について解説・考察していきます。

加えて、『高負担・高福祉』のいわゆる"北欧モデル"の陥穽(落とし穴)としてのバブルについても補足的に論じていきます。

章立ては以下の通りです。

①バブルが示唆する潜在的長期停滞

②望ましいバブル対策—『未然の金融引き締め』は正しいか?

③"北欧モデル"の陥穽としてのバブル

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①バブルが示唆する潜在的長期停滞

冒頭で述べたように、一部の経済学者の中では「潜在的長期停滞がバブルを"必要"としたのである」という考え方があります。

その考えの詳細を知るために、ポール・クルーグマンの"Secular Stagnation, Coalmines, Bubbles, and Larry Summers"(長期停滞、炭鉱、バブル、ラリー・サマーズ)を一部引用していきます。(全般の翻訳は、他の方のこちらのページを推奨)

We now know that the economic expansion of 2003-2007 was driven by a bubble. ...... So you might be tempted to say that monetary policy has consistently been too loose. After all, haven’t low interest rates been encouraging repeated bubbles? But as Larry emphasizes, there’s a big problem with the claim that monetary policy has been too loose: where’s the inflation? Where has the overheated economy been visible? ...... Here’s the ratio of household debt to GDP since the 50s:

...... So with all that household borrowing, you might have expected the period 1985-2007 to be one of strong inflationary pressure, high interest rates, or both. In fact, you see neither – this was the era of the Great Moderation, a time of low inflation and generally low interest rates. Without all that increase in household debt, interest rates would presumably have to have been considerably lower – maybe negative. In other words, you can argue that our economy has been trying to get into the liquidity trap for a number of years, and that it only avoided the trap for a while thanks to successive bubbles.

我々は今、2003-2007年の経済拡張がバブルによって生じたことを知っている。......なので、あなたは金融政策が過剰に緩和的すぎたと言いたくなるかもしれない。少なくとも、低金利がバブル醸成の繰り返しを促したのではないか? と言いたくなるかもしれない。しかしラリー(訳注:ローレンス・サマーズ)が強調するように、「金融政策が緩和的すぎた」という批判には大きな問題がある。インフレはどこにある? 経済が過熱し過ぎたという証拠はあるのだろうか?......ここに1950年代からの家計負債のGDP比のグラフがある。......この家計負債(の急上昇)からして、あなたは1985-2007に急激なインフレ、あるいは高金利、もしくはその両方が起きていたのではないかと予想するかもしれない。実際のところは、そのどちらもなかった。—この時期は『大いなる安定』の時代であり、低インフレと全般的な低金利の時代だった。もし家計負債の増加がなければ、金利はおそらくもっと低くなっていただろう—マイナスになっていたかもしれない。言い換えると、経済は何年もの間、流動性の罠に陥りかかっており、バブルによって流動性の罠が回避されていたに過ぎないと論じることが出来る。

簡潔にまとめれば
「バブルによる借入支出の増加が、長期停滞に陥りかけていた経済を何とか持ちこたえさせていた」
「バブルが崩壊し、それを補う十分な規模のバブルが後発的に生じない場合、必然的に経済は長期停滞へと陥ることになる」
ということになると思います。

長期停滞(流動性の罠、不況)のメカニズムとしては、なぜ異次元緩和は失敗に終わったのか、あるいはアベノミクス(ないしリフレ派)の理論、及びその欠陥(マニアック)で解説したことがあります。

詳しいところはどちらかを読んでいただくとして、掻い摘んで言えば、(人口動態などによる)将来的な低成長予測が、人々の貯蓄性向の上昇(消費性向の低下)を齎し、自然金利(需給が均衡する金利)がマイナスまで沈降して、金融政策では(ゼロ制約によって)総需要不足を解決できなくなる、というのが流動性の罠論、ないし長期停滞論の骨子になります。

サマーズやクルーグマンが言うに、こうしたメカニズムの不況は、1980年代には潜在的に進行していたとのことです。その時点で、(少なくとも先進諸国の)経済は、特別な政府介入がない場合は、『不況か、バブルか』の二択を迫られている状態だったということです。直近までは、その二択では常にバブルが選択され続けてきましたが、2008-9年にバブルの連鎖が途絶えてしまい、必然的に不況へと陥ることになってしまった、というわけです。

バブルのような資産価格の高騰は、所得効果(例:保有している不動産の資産価値の上昇から、バランスシートが改善し、より投資・消費できるようになる)や利子率効果(資産価格の上昇は、資産収益/資産価格=資産利子率の低下を齎すことで、より低い収益率の資産の形成を促す)を通じて、実体経済への支出(消費・投資)を促すように働くはずです。にも関わらず、冒頭から強調しているように、実体経済には何のインフレも齎さなかったということは、潜在的には実体経済の支出不足が生じていた、潜在的な長期停滞状態にあった、ということを意味します。

『バブルがインフレなきままに経済・景気を刺激することが出来る状態』であったということそれ自体が、潜在的長期停滞に陥っていた何よりの証拠となるのです。


②望ましいバブル対策—『未然の金融引き締め』は正しいか?

それでは、そうした潜在的長期停滞下におけるバブル景気に対して、我々はどう対処すべきなのでしょうか?

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