開拓星のガーデナー #6
手のひらに乗せた破片を、ズームして検める。その質感も、断面から覗く凸凹も、完全に白いコンクリートそのものだ。鉄骨も同じだ。塗料などではなく、鉄の表面にしっかりと錆びが浮かんでいる。
やはり間違いない。拳を握りしめる僕。するとそれを訝しんだか、ルチアが声を掛けてきた。
「なんだよ、さっきから? その石は?」
「鉄骨に、コンクリートだよ。見たことない?」
「ない」
即答だ。彼女は至ってどうでも良さそうな表情で僕を見ている。確か小学生の頃、女の子に好きなロボットについて語った時、こんな目で見られた記憶がある。僕はムキになり、この発見の素晴らしさを伝えようとした。
「……これはね、建築資材だよ。昔の人はこれで家を建ててたんだ」
「その石ころでか? 小さすぎるだろ」
「これはただの破片さ。もっと大きい本物を組み合わせて、大きな建物を作っていたんだ」
ルチアは目を丸くした。現代建築は『型』で作る。彼女や、僕と同年代の人間には未知の世界だろう。僕は得意になって続けた。
「これはおそらく壁か何かの破片だろう。他にもあるはずだ」
ガーデナーの手が茂みにねじ込まれる。細心の注意を払い、細い枝や邪魔な植物をどけながら探す。推測を裏付けるかのように、破片や鉄骨はいくつか見つけることができた。家具か何かの痕跡があれば尚良かったろうが、それは見当たらない。
だが、十分だ。十分すぎるほどの発見だ。
「やっぱりだ。だとすれば、やはり、ここに……!」
「ここに」
「人が住んでいたんだよ!」
「人がぁ?」
僕が感極まって叫ぶと、ルチアが呆れたように言った。
「んなわけあるか。宇宙だぞ!」
僕はキザに指を振り、それを否定した。ルチアが眉をひそめる。僕は構わず続ける。
「ほら、この星の大気は地球に良く似てるって言うだろ? 樹獣さえいなければ、すぐにでも人が住めるって」
「ああ」
「じゃあ、こうも考えられるんじゃないか? ……この星には昔、人が住んでいた!」
「喰われて死ぬだろ」
ルチアは冷ややかに言った。僕は甘いな、と言わんばかりのドヤ顔で返した。「キモい」と聞こえた気がしたが、知らない振りをする。
「昔は樹獣がいなかった。そう考えてみたらどうだろう?」
「いたんじゃねえか? こんだけウジャウジャいるんだし」
「地球にだって、人間は昔いなかった。長い年月が今みたいに変えたんだ」
「でも……」
「可能性はある!」
ルチアの反論を遮り、僕は言い切った。
そしてようやく、大きく息を吸った。コックピット内の空気は淀んでいて、生温かった。それでも最高の充足感が僕の心を満たした。
体が震え、指先まで熱くなってくる。好奇心が湧き上がり、無数の想像が頭の中を駆け巡っていく。焦がれた冒険は、間違いなくこの星にあったのだ。
「……お前さ。親父みてえだな」
余韻に浸っていた僕に、ルチアは出し抜けに言った。親父? そんな歳じゃない。僕が問い返すと、彼女は言い返した。
「私の親父だよ」
「ルチアのお父さん?」
全身古傷だらけの、大斧を持った半裸の筋肉男。そんなイメージが浮かぶ。
「ああ。お前も見たことあるはずだぜ」
「僕が? いつ?」
「この船に乗る前だよ。動画を見たとか言ったろ?」
「言ったけど」
「あそこに映ってた、植物植物うるせえ研究員だよ」
「なんだって!?」
僕は素っ頓狂な声を出す。まさか、あの人がルチアの父親だったとは。というか全然似て……
(いや……待てよ)
不吉な予感が膨れ上がる。僕はたまらず彼女に尋ねた。
「あ、あのさ。ひとつ聞いていいかな?」
「なんだよ?」
「さっき、親父みたいって言ったのは、まさかだけど……君のお父さんも、ここに人がいたって可能性を」
「違えよ。そんなアホなこと」
バッサリ切られた。少し悔しさが混じるが、僕は安堵した。
「じゃあ、どうして?」
「あー、なんつーかな。目が似てる」
「目?」
「一人で勝手に盛り上がってるような、そういう目だな。はしゃいでるガキっつーか。そこが似てた」
失礼だ。だがまあ、それは僕が憧れた目でもある。なので褒められたと思うことにした。
「そっか……僕も、あの人と同じ場所に来たんだな」
いつかは会ってみたいと思っていた。この星に向かう道程、そのどこかで出会うだろう。しかし今の今まで、彼を見かけることはなかった。
「お父さんは、今どこに?」
「……」
ルチアは答えなかった。聞こえなかったのか。そう考え、僕はもう一度彼女を呼んだ。
「ルチア?」
「もう、いない」
「えっ?」
「親父はな。私と一緒に、前の調査隊に参加してたんだ」
「それって……」
彼女を除き全滅した、前回の調査隊。その原因は、ジムさんを焼き殺した光景を見れば、火を見るよりも明らかだった。
(君は、お父さんを殺したのか)
そう言いかけて、僕は口をつぐむ。彼女の口ぶりには、喜びでも怒りでもない、重苦しい何かがあった。それは、ジムさんの死を前にバカ笑いしていた彼女の姿からは、考えられないような感情だった。
「ああ。まあ、目の前だったよ。通信は最後まで繋がってた。……親父のガーデナーが握りつぶされる、その瞬間までな」
ルチアはゆっくりと、そして淡々と続ける。口に出掛かった僕の問いは、好意的に解釈してもらえたようだった。僕は口を挟まず、ただ静かにこの少女の言葉を待った。
「……」
「コックピットが軋む音。割れていくモニター。親父が取り乱して、泣き叫ぶ顔。今でもハッキリ覚えてて……忘れられない」
「……君は、その……」
まただ。その続きを上手く言葉にすることができない。哀悼。疑念。困惑。そして、動揺。自分が抱えているのが、どの感情か、整理できない。しかし彼女は僕の顔を見て、ばつが悪そうに笑った。
「悪いな、湿っぽくて……でもまあ、大丈夫だ。あと少しなんだ。私は親父の意思を継いで、戦う。戦わなくちゃならないんだ。絶対に。どんなことがあってもさ」
僕はまだ、言葉を絞り出すことが出来なかった。語り終えたルチアは、そんな僕に、また笑いかけた。
「そう辛気臭い顔すんな。笑えよ」
「……無理だよ」
「無理じゃないさ。笑っていたら嫌でも気分が良くなる。そういう風になってんだ。親父も言ってたし、私もそうしてきた」
ルチアはいつものように快活な笑みを見せた。何も言えなかった僕は、せめてそれに合わせようと思い、無理に口角を上げた。彼女はそれを見て噴き出した。
「アッハッハ! 鏡を見たらもっと笑えるぜ!」
「……そうかな、ははは……」
「ああ、そうしろ、そうしろ。……そろそろ行こうぜ」
ルチアは数歩先へ進むと、ガーデナーの首を振り向かせた。「ついて来い」そういうジェスチャーだ。僕はゆっくりとその後を追った。
考えは落ち着かない。こんがらがって、上手くまとまらない。この星のこと。ジムさんのこと。僕の夢のこと。そして、ルチアのこと。
彼女は結局、何者なのだろうか。出会ってからずっと、彼女に対する印象は目まぐるしく変わり続け、そして今また変わった。それは1つの、飛びつきたくなる可能性を内包していた。つまり、あの悪魔のような彼女は、僕の勘違いに過ぎないのだと。それはあまりに魅惑的な可能性だった。
(いや、でも……)
再び浮かび上がりそうになる疑念を、無理やり押し潰す。考えて結論を出せる問題でもない。なら楽観的にいた方が良い。そう自分を納得させる。そして、あの痕跡について考えようとして……
「あれ?」
ふと浮かんだ疑問に、考えを止められる。ここがあの動画に映っていたエリアなら、既に調査済みであるはず。樹獣も殲滅されているはずだ。ならばなぜ、そんなところにわざわざ戻ってきたんだ?
「あのさ。ここって……」
僕がおそるおそる尋ねようとした、その瞬間。突如、機体が縦に大きく揺れた。
「うわぁっ!?」
投げ出されそうになる体を、シートベルトが押しとどめる。震動は徐々に激しくなり、木々の軋む異様な音がコックピットで反響する。僕は祈るようにレバーを握り、ただその場で堪えようとした。
森が、ざわめき始めていた。
それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。