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開拓星のガーデナー #7

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僕はこみ上げる嘔吐感をこらえ、必死にモニターを覗く。揺れる地面。揺れる木々。野放図に伸びていたツルが、尻尾を丸めるように、その身を幹へと収縮させる。

「ォオオオオオ……」

暗い地の底から、おどろおどろしい声が響く……!

「離れろ!」

ルチアが叫んだ。

「どこへ!? 何から!?」

「前からだ!」

前? 勘案する暇もなく、正面一帯が盛り上がった。泥にまみれた地面がめくれ、絡み合った植物の根が露出する。その隙間から、何かとても大きなものが見える……!

(後ろだ!)

それ以上の考えを打ち切り、僕はガーデナーを後方へジャンプさせようとした。だが……動かない。僕自身の足の震えが、機体に移っているかのように。揺れる足場の上で緊急回避するなど、僕の技量では不可能だった。

「早く! 急げよ!」

怒鳴るルチア。僕は力の加減も忘れ、やみくもにレバーを入れていた。

「だ、駄目だ、動かなっ……!」

言葉を言い切ろうとした瞬間。ついに僕の足元までもが盛り上がり始めた。機体が後ろ側に45度傾き、体がシートに押し付けられる!

「お前ーッ!」

「まだだぁッ!」

しゃがむために畳んだ足を、思い切り伸ばす! ガーデナーは傾斜を蹴り、後方へと飛び跳ねる! ズシィィン! 機体が背中から、地面に叩きつけられた!

「はっ! はっ、はぁっ……!」

呼吸をする。息ができる。生きている。僕は取り急ぎそれを確認すると、モニターを覗いた。……何も映さないものが、3つ。

(壊れたのか!?)

僕は青ざめた。だが、すぐに気づく。背部カメラは接地しているから、何も映さないのだ。他のモニターは空と、縮こまった木々を映し出していた。

震動はまだ続いていた。ルチアの呼び掛ける声が聞こえた。だが、背中が押し上げられる気配はない。急場はしのげたのだ。

「あ、ああ。なんとか……」

大丈夫。そう言おうとして、固まった。空を向く正面モニターに、おかしなものが映っていたからだ。天高くそびえる木々。それらに青々と茂り、天を埋め尽くす葉。それらすべての上に、頭があった。

「……え?」

正面のカメラを、機体の足側へ向ける。被写体は空から、その存在へと移る。

四足動物のような体格。背はやはり天に張り出し、足の一本一本が、周囲の木々よりも数回り太い。全身を覆うのは、無数の体毛。

……体毛? 馬鹿な。そんなものは木にはない。根だ。ネギのような細いひげ根が全身から生えており、まるで体毛のように見えていたのだ。頭には四つの目が対角線上に埋め込まれており、その中央には円周状に生えた牙に囲まれた大きな穴……口があった。

「……なに、あれ」

「敵だ」

ルチアはキッパリと答えた。
僕が震えながら彼女を見ると、その顔には笑みが浮かんでいた。

「ふふ……ハハッ……! アッハハハハハ!」

「ルチア……!?」

「見つけた……! やっぱりまた会えた! 親父の! みんなの……! 仇ィィィィィッ!」

「か……何!? 何だよッ!?」

ルチアの目は爛々と輝き、口元は異様な形に歪んでいた。一瞬、カメラの端を何かが過ぎる。ルチアのガーデナー……

ガキィィィィン!

直後、金属と金属がぶつかり合う激しい音!

「何なんだよォッ!」

モニターには、もう誰も映らない! 僕はヒステリックに叫びながら、とにかく機体を立ち上がらせようとする。着地の衝撃によるものか、背部が半分近く地面に埋まってしまっていた。でも、やらなければ……!

ガァン! ガァン! 耳障りな音が鳴り響く。やらなければ何が起こるか? 未だそれすらも分からないのだ!

「ルチア!? ルチアッ!」

僕は狂ったように彼女を呼んだ。返ってくるのは笑い声だけだった。焦燥が時間感覚を引き延ばす中、僕は懸命に機体を復帰させる。まず上体を起こす。カメラの視野角が広がる。

ルチアは狂ったように戦っていた。鈍重な、僕と同じガーデナーに乗っていることが信じられないほどの勢いで動き回り、巨大樹獣の足を殴り、焼き、斬りつけた。巨象に挑む蜂のように、接近と回避を繰り返しながら。

「アハッ、ハハハッ……」

戦士の笑い声に、疲れが滲み始める。殴れども手応えがなく、焼いても根が燃えるに留まり、斬っても僅かな傷が残るのみ。しかし頭上からは……つまりはこの樹獣の胴体からは……数十本のツルが垂れ下がり、その内の数本が鞭のような動きで、絶え間なく彼女を狙う。

「うあああああッ!」

雄叫びを上げ、ルチアは闘志を補充する。鋼の拳に怒りを乗せて、仇の体へと叩き込む!

バギィン!

およそ植物の体から鳴ったとは思えない、異様な音が響いた。鋼の拳を弾いたのは、同じく鋼。ひげ根が燃えて露出した表皮には、金属の光沢と……見慣れたペイントが施されていた。

「親父」

ルチアは思わず呻いた。それは、彼女の父のガーデナーと同じ模様だった。脳裏にペイント作業を手伝った思い出が過ぎる。

取り込まれた。彼女はそう直感した。捕食した機械を、何らかのおぞましい新陳代謝の結果、自身の装甲へと変えたのだ。

その動揺が、彼女の動きを止めた。

パァァン!

「うあッ!?」

シート越しに強い衝撃。地面と平行に回転した回避運動の途中、背中からツルに打たれた。彼女がそう悟った瞬間には、機体は地面から浮き上がっていた。ゴルフクラブでボールを打つように、弾き飛ばしたのだ! 飛ばされる先には、巨大樹獣の後ろ足がある……! 直撃すれば、仮に機体が耐えたとて、中のルチアは即死する!

「このぉぉおおおおッ!」

終わらない。まだ終われない! 激しい空気抵抗に晒されつつも、咄嗟に小型ナイフを抜き、正面に構える! 樹獣の足が迫る! 20メートル! 10メートル! …0!

ズゥゥゥゥゥゥン……!

一瞬、意識が飛んだ。荒い呼吸が漏れる。ルチアは己の状況を確認する。小型ナイフを伝わせ、激突の衝撃を足へと叩き込んだ。彼女の愛機は、巨木の細枝にぶら下がるように、宙に浮かんでいたのだ。

「これは……」

僥倖か。ナイフの刺さった部位から、メキメキと音が鳴る。ルチアは機体を操作し、得物に体重を乗せさせた。樹獣との戦闘も考慮されたナイフは、これしきのことで折れはしない。機体の重量と重力の相乗効果により、刃は樹獣の表皮を割いていく……!

「ルチアァッ!」

その時、戦闘に夢中になっていた彼女の耳に、ようやくショウマの声が届いた。

「何だよ、今忙しいんだ!」

「逃げよう! 早く!」

「アッハハハハハ!」

「ルチア!」

「無理だよ……! 逃がさねえんだ!」

彼女は危険な予兆を感じ、ナイフから手を離した。直後、樹獣の足はゆっくりと上へと振り上げられていく。上空で振り払われれば、命はなかった。

「勝つ気なのか!?」

「そうしたいのは、山々だけどさ……!」

ズゥゥゥゥン……!

ガーデナーが着地した。樹獣の足が上がったことで、彼女はツルの射程圏から外れていた。埋まった機体の脚部を地上へ戻し、素早く臨戦態勢に移る。

「じゃあどうして!」

「コイツが見逃してくれると思うか?」

「……!」

ショウマは言葉を詰まらせた。正論だ。でも、それは。

「囮になるっていうのか!?」

「それしかねえだろ」

「でも、それじゃあ……!」

……君が。そう言おうとしたショウマは、ルチアが笑っていることに気づいた。

彼女の笑いには、いつも何らかの力があった。喜びに、楽しみ、悲しみ。そして、怒り。でも今の笑いには、何の力も感じ取れなかった。

「……いいんだ、私は」

巨大樹獣の4つ目の瞳が、地上のルチアを捕捉する。

「そんな……でも! だって……!」

「あいつは待っちゃくれねえぞ」

大木のような足が、小さな機体目掛けて振りかざされる。

「だって……!」

「あのさ」

ルチアは静かに言った。

「親父のこと、最後までわかんなかった。でも、あの目の感じは、ずっと好きだった。……この星の秘密とかさ。後は頼むぜ、ニンジャ」

プツン。通信が、切断された。

「……!」

ショウマは……きびすを返した。巨大樹獣のいる方とは反対の方角へ。彼は全力で逃げ出した!

ズゥゥゥゥゥゥゥゥン………!

地を破る轟音。震動が僕の足元にまで届く。転ばない。転ばせない。今はただ、前へ。ジムさん。ルチア。そして……僕。僕まで死んでしまえば、僕らのチームは何も残せない!

「くそっ……! くそぉっ……!」

視界が潤む。とめどなく涙が溢れだす。それが邪魔になることは、十分に分かっているのに。悔しさと怒りが抑えきれなかった。

冒険を夢見た先がこれか。仲間を見殺しに、逃げることしかできない。僕は心の中で、意味もなく自分を罵った。そうすることで、少しでも冷静になれるような気がしたからだ。

地球に残り、身の丈に合った生活をすれば良かった。そうすれば、こんなことにはならなかったはずなのに。

「やめろ……!」

自分自身の言葉を、僕は止めようとする。やめろ? 何がだ。自分で罵ろうとしたんだろう。都合よく立場を使い分け……

「やめろ!」

ズゥゥゥゥゥゥゥン……

再度、轟音。僕は思わずモニターを覗き、背部カメラが映す先を見た。巨大樹獣はまだ下を見ていた。あの視線の先に何がある。無残に潰された死骸か。孤独に戦い続ける戦士か。

いずれにせよ、ここから僕ができることは何もない。また涙が溢れ、視界が滲み……足元にあった、太い木の根を見落とした。

「うわっ!?」

咄嗟に腕をコントロールし、地面に手をついて転ぶ。また動けなくなる事態だけは避けることができた。僕は慌てて周囲を確かめようとし……気づく。先ほど見つけた、あの破片。

「こんなもの……!」

あんなにも心を湧かせてくれたそれは、今や単なるガラクタにしか映らなかった。僕は衝動的に握りつぶそうとし……止めた。今するべきことは、無意味な八つ当たりじゃない。父親の遺志を継いだルチアのように、僕も彼女の……

「……?」

そこまで考え、何かが引っかかる。何がだ。何もおかしいところはない。どうしようもない敵と遭遇してしまい、戦って、そして、最善手を取っただけ……

「……ッ!」

その瞬間、僕の頭の中で唐突に全てが繋がった。それはほとんど脈絡のない、突飛な思考の連鎖だった。

(ルチアが本当に良く笑うようになった)

なぜ彼女は、ずっと笑っていたのか。

(見つけた……! やっぱりまた会えた!)

なぜ彼女は、勝てもしない巨大樹獣の縄張りへ、わざわざ戻ってきたのか。

(私が助けなくても、お前一人で勝てる相手だった。そうだな?)

そしてなぜ、僕がニンジャでなければならなかったのか。

「ルチアは……あいつは……!」

初めから、あの場所で。

(後は頼むぜ、ニンジャ)

死ぬつもりだったのだ。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。