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ミステリー小説ロンドの旅Chap4.ユールマラの事件9.偽装

 なるほど、SILVER社(銀)からGOLD社(金)に転職した(成った)…将棋で使う用語だ。

 はい。こうしてA常務は後継者争いに打ち勝ち、私は彼を専務に昇格させました。それから数ヶ月、新プロジェクトは軌道に乗り、すべてが順調に進んでいるように見えたのですがね。

 事件が起きたんですね。

 自殺したんですよ。GOLD社へ転職したLANK3社員のうちの1人が。理由は過労で精神的に追い詰められたためでした。彼の遺品には手記があり、転職してから心を病むまでの経緯が詳しく書かれていましてね。GOLD社は低賃金で長時間労働を強いることを知っていたため何度も断ったが、A常務はSILVER社に圧力をかけ彼の居場所を奪い、転職せざるを得ない状況に追い込まれたこと、転職後にGOLD社では冷遇を受け、激しくイジメられていたことなど。そしてこれが報道されると、弊社とGOLD社は世間から著しくバッシングされました。

カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。静寂が時計の針音を際立たせる。出題者の立場を楽しんでいたかと思えば一転、真顔で事件のあらましを語っていた。何が本当の彼なのか。超一流の経営者とはいくつもの状況、いくつもの立場、いくつもの相手に応じて演じ分ける。いや、大勢の人の上に立つ者になるには、自身を演じ分けることが条件の1つに含まれているのかも知れない。

 その後、A常務は?

 …ある日突然消えてしまったんです。書き置きも、伝言も何もなく。きっと精神的な耐えられなくなったのでしょう。そのことが明るみに出ると弊社への誹謗中傷はさらにエスカレートしました。だから私は彼が消えたタイミングで昼夜を問わず火消しに奔走し、すべての人脈と膨大な資金を使い、何とか報道規制をすることに漕ぎ着け、ギリギリ会社を存続させることができた。

 つまり、今回の事件にその常務が関わっているかも知れない。そう、仰りたいのですね。

 ええ。我が国ではもちろん、世界的な人気者で圧倒的なインフルエンサーに成長し、かつ弊社の稼ぎ頭である人物が突然いなくなった。幸引さん、それにね。あり得ないんですよ。たとえば誰かに誘拐されたんだとして、不可能なんです。一部の人間にしかね。

幼女は相変わらず微動だにしない。ただ黙って大人たちの問答に耳を傾け、考察を繰り返す。短時間でありとあらゆる可能性を出しては潰すことができるのは紛れもなく才能であり、"上"の訓練だけではなく、彼女自身の努力の賜物だ。この集中力は彼女の武器の一つであり今後の成長の大きな糧となることは言うまでもない。

人間の集中力は続かないとよく耳にする。しかし、人類の1%にも満たないが、高い集中力を長時間持続し人知を超える成果を出す者もいる。当然、彼らはビジネスやアート、スポーツなど各界で著しい実績を残すのだが、良からぬ分野でその力を発揮する者がいるのもまた事実だ。

極めて優秀な事件コンサルタントがいるということは、大いに狡猾な犯罪者も存在する。光と闇、太陽と月、天使と悪魔、物事には必ず裏と表、表と裏があることはゆめゆめ忘れないでおこう。

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