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ミステリー小説ロンドの旅Chap4.ユールマラの事件6.機転

 ええ、てっきりご存知かと。まあまあ立って話すのも疲れてしまいますからどうぞお掛けください。

身につけている装飾品同士がぶつかり、歩くたび耳につく音色を奏でていた。小柄だが恰幅がよく、声の通りは十分すぎるほどだ。パーマを当てているのか茶色っぽいフサフサの髪はクルクルと巻いている。3人は黄金に輝くソファに腰掛けると、秘書はタイミング良くコーヒー2つとオレンジジュースを提供し退室した。

 どこまでご存知か分かりませんが、失踪したうちの社員のことで相談に乗ってくださってね。今日と同じようにここに座ってお話しさせてもらいました。

 そうでしたか。大変失礼しました。鍛鋸からこちらへお伺いするよう命ぜられたのですが、詳しい引き継ぎがされておらず、誠に恐縮ですが改めてその経緯をお聞かせ願えるでしょうか。

あまりに予想外の出来事につい口から出てしまった言葉を打ち消すがごとく、取り繕うのに必死だった。いくら訓練されてるからと言ってもやはり人間。咄嗟に判断できないこともあるだろう。しかし、彼女の指示で来たことを装うのが情報を最も引き出しやすいことにすぐに気付いた。そう考えると、ソウルからずっと手のひらで踊らされ誘導し続けられてる気がしなくもないが、邪魔を入れずに話し合うための彼女なりの配慮であるだろうから、あえて作戦に乗るのも悪くはない。ソファに腰をかけるまでの数秒で彼の頭はこんな風に回転していた。

 御社の親会社さんとは昔からご縁がありましてね。失踪から数日間進展がなかったので相談したんですよ。そうしたら鍛鋸(かのこ)さんからうちの会社に電話をもらったのでお越しいただきまして。

 そうでしたか。どのようなお話を?

 それが、私から事件のあらましの後に、"昔の事件"の話をしたところで、あとは幸引副社長が対応すると仰られ、帰られたのです。

 不躾ながら、その"昔の事件"は大変興味深い。二度手間になって申し訳ないのですが、もう一度お話しいただければ助かります。

 わかりました。しかしこれは我が社にとってレピュテーションリスクが非常に高い事件です。御社だから言いますが、私のコネクションを使い報道規制をひいていますので、ご他言はお控えください。

 もちろんです。僕らは警察や弁護士、検察官でもありません。守秘義務を必ず守るとお約束します。

こうして"昔の事件"が語られた。

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