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期待通りの物語がほしい反ワクチン派80%が陥ったウクライナ・ネオナチデマ

ウクライナ侵攻問題でロシアの主張を鵜呑みにする反ワクチン派を知るための調査と仮説。考え、論じるための材料です。

著者/加藤文宏
調査/Kヒロ+ハラオカヒサ:プロジェクト

この記事の結論

反ワクチン派がロシアの主張を鵜呑みにしてしまったのではなく、被害者であることを正当化したい人たちが期待通りの物語を求めて陥ったのが、ウクライナ・ネオナチデマだったと言ってよいだろう。

そして、ネガティブな情報を集めては組み立てて自分は被害者であると自己正当化する人たちの多くが、現在反ワクチンの立場をとっている。ウクライナ侵攻がどのような結末を迎えても、ロシアは正義でウクライナは悪というパターンをともなった新たな陰謀論が誕生するのは間違いない。

終章「自己正当化の物語を求める人たち」より


ウクライナをネオナチ国と信じたのは誰だ

2022年2月24日、ウラジミール・プーチン大統領がウクライナに軍事侵攻する目的をウクライナの非軍事化と非ナチ化であると説明した。

ウクライナにはナチス・ドイツに加担したウクライナ民族主義者バンデーラを英雄視する風潮があるほか、極右政党スヴォボーダといったネオナチ勢力が存在している。だがウクライナは反個人主義、反民主主義、反議会主義のファシズム国家とは言い難い国でナチ国家ではない。

このように説明されても「ウクライナはナチ国家」であると信じ、ロシアを正義、ウクライナを悪と主張し続ける人々がいて、SNSでウクライナをナチ国家と断定している層は反ワクチン派ばかりだと言われる。

ほんとうに反ワクチン派ばかりがロシアの主張を鵜呑みにしているのか、鵜呑みにしているのが誰であれ、信じ込んでしまった理由を調査と考察によってあきらかにしようと思う。


調査について

調査1
対象/ツイッターでウクライナとナチの関係を語るアカウント。2022年3月27日から29日にかけて3日連続かつ1日2回以上発言するアカウントでビュー数やリツイート数などが多いものを抽出。このほか補助調査として反ワクチン派のアクティブアカウントを別途抽出。

・ウクライナとナチの関係を語るアカウントには、ウクライナをナチ国家と断定するアカウントだけでなく、これを否定するアカウントも含まれている。
・これらアカウントは膨大な数にのぼったが、3日連続かつ1日2回以上発言するアカウントでリツイートされたり評価数が多いものはかなり限られていた。
・この条件を満たすものを抽出。期間中にアカウント削除またはIDを変更するなどして追跡不能になったアカウントを除いた130アカウントを調査。
・反ワクチン派など属性を特定するため発言内容を精査。
  -定義の明確化と厳格化/ネオナチと断定する発言とは、反ワクチンとは、他の属性とは、すべて明確に定義したうえで発言を1つずつ確認する。

調査2
対象/中堅からインフルエンサーまで反ワクチン派アカウントをフォローし、継続的に動向を観察。


概要:ネオナチ断定派の大多数が反ワクチン派

・侵攻から1ヶ月経過してウクライナとネオナチについて発言しているのは、ほぼ「ウクライナはネオナチ」と断定して主張する人々だった。
・ロシアの主張を鵜呑みにして発言しているのは反ワクチン派であるとする印象に近い結果。

──

・ウクライナとネオナチについて発言した“反ワクチン派”のほとんどが「ウクライナはネオナチと断定」している。
・リツイートや評価から反ワクチン派の隅々まで「断定」が浸透しているのがわかる。

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“反ワクチン派”でロシアの主張を鵜呑みにする人の割合が94.0%と高くなるのは、ウクライナとナチの関係を高頻度でツイートしている人を抽出していることと関係している。

そこでウクライナとナチの話題の有無を問わず、“反ワクチン派”の“アクティブアカウント(調査期間中の3日間「話題のツイート」になったアカウント)”を20件抽出して3日間の動向を観察した。

・とくにウクライナ問題に入れ込んでいない反ワクチン派アカウントでも「ウクライナはネオナチと断定」する傾向が高い。
・アクティブで評価が高いアカウントが「断定」している影響は大きい。
・反ワクチン派のなかでは「ウクライナはネオナチ」があたりまえのことと認識されている。

──

「ウクライナはナチ国家」と断定したアカウントの、他のデマや陰謀論との関係を見てみる。

・コロナ陰謀論派はすべて反ワクチン派だった。
・ウクライナの原子力発電所へのロシアの武力攻撃について、被曝デマや原発陰謀論を信じているアカウントの関心度が低く、彼らの意識は日本の原発に集中している。(「関心が向かう先をグーグルトレンドで知る」で後述)

(原発陰謀論/「2011年の原発事故は仕組まれたものだった」「権力者や企業、研究者が悪巧みをしている」「原子力発電所の地下に秘密の施設が隠されている」といった陰謀論)

──

・反ワクチン派で「ウクライナはナチ国家」と断定するアカウントの半数が陰謀論を信じている。
・「ウクライナはナチ国家」と断定している反ワクチン派とそうではない層を比較すると、反ワクチン派のほうが陰謀論者の比率が高い。

この反ワクチン派かつ「断定」派のなかで、コロナ陰謀論と被曝デマ/原発陰謀論をともに信じている割合は22.6%だった。


瞬く間に信じられ浸透したデマ

筆者と協力者が反ワクチン派をそれぞれフォローし、彼らを内側から観察してきた。

・情報の選択や信じかたの違い

反ワクチン派と一般層では情報の選択や信じかたにあきらかな違いがある。

一般層は、情報に対して、この情報を肯定する見解と否定する見解を整理し、整理をもとにして検討したうえで賛否を決定する。そして次の論点に移行する。見解の違いで意見が飛び交い、整理や検討に時間を要するうえ、かならずしもひとつの意見に統一されない。こうした傾向が強い(もちろん例外もある)。

反ワクチン派は、正しいか正しくないかを判断するのにパターンを当てはめて決めるため、素早く断定され、ほぼ同時にパターンを共有している反ワクチン派内に浸透し、一斉に同じ傾向の発言をするためエコーチェンバー効果が瞬く間に発動する。こうした経緯を経ることがほとんどすべてだった。

では「ウクライナはネオナチ国家」だとするロシアの発表を知ったときはどうだったか。

一般層では、
1.ウクライナはネオナチ国家だとするロシアの発表を知る。
2.この情報を受け肯定する見解、否定する見解双方を比較。
3.情報を収集しつつ検討。
4.否定に傾く。
5.ウクライナ問題は次の論点に移行。
と進んだ。

いっぽう反ワクチン派では、
1.ウクライナはネオナチ国家だとするロシアの発表を知る。
2.反ワクチン派にとっての正しさのパターンに合致するか検討。
3.確信を得て正しいと断定。
4.同じパターン(価値観)を共有する反ワクチン派内に素早く浸透。
5.一斉に反応したことで、瞬く間にエコーチェンバー効果が発動。
6.新たな出来事が紹介されても、ネオナチ説周りの話題に終始。
と進んだ。

それほど一斉に反ワクチン派は「ウクライナはネオナチ国家」と信じたのだった。

では、反ワクチン派が共有している「正しいか正しくないかを判断するパターン」とはどのようなものなのか。

・反ワクチン派のパターン

反ワクチン派にとっての正しさは、彼らが集めてきた情報の傾向から一目瞭然だ。

反ワクチン派は、ワクチンや医療そのものを嫌う原因になっている不安や嫌悪感を正当化するため、次々とワクチンの危険性を煽る話題を集めている。この結果、なおさら怯える気持ちを強くしてしまっているが、怯えれば怯えるほど自己正当化が進む。

反ワクチン派は、専門家や医師が説明する内容を理解できなかったり、過去の医療で期待通りの結果を得られず、知的エリートに劣等感や強い反感を抱いている人たちが多い。

ウクライナ侵攻ではプーチン大統領やロシアの立場が、専門家、知的エリート、世界的に認められている権威との対極にある。ここに反ワクチン派にとっての正しさのパターンとの一致がある。


それにしても、ウクライナはネオナチであるという主張をした者が80%にものぼるほど、この問題に反ワクチン派が強い関心を寄せるのはなぜだろう。

・関心が向かう先をグーグルトレンドで知る

グーグルのサービス『グーグル トレンド』は検索数の推移を調べるツールで、そのとき何が話題になっていたか、人々の興味がどの程度だったかを知ることができる。

たとえばネオナチについて検索数が増えているなら、ネオナチとは何か知りたい人の動向だけでなく、SNSなどでネオナチについて語られているのに触れて「ネオナチになにかあったのだろうか」「もっと話題はないだろうか」などと興味を抱いた人たちの動向も推察できる。

注目したのは『アゾフ大隊』という単語だ。極右勢力と言われネオナチ部隊とされるアゾフ大隊の名前を挙げてウクライナ侵攻を語っているのはほぼネオナチ断定派なので、彼らの動向と傾向がわかるはずだ。

1.「アゾフ大隊」への関心が増すケース

グーグルトレンドで「ネオナチ」と「アゾフ大隊」について検索動向を調べると、ともに3月17日に検索数が増えている。この日はゼレンスキー大統領からの国会演説打診と都の難民受け入れ決定が報道された。するとネオナチ断定説を取る人々は3月17日から翌日にかけて以下に例示するように「ネオナチ国家ウクライナ」への懸念や反発を盛んにツイートした。

3月17日から18日にかけてのツイートの一部

また3月23日の夕刻にゼレンスキー大統領による国会演説が行われ、24日に演説について報道されると、反ワクチン派は盛んにアゾフ大隊についてツイートをし、このときも「アゾフ大隊」の検索数が伸長している。

2.「アゾフ大隊」への関心に繋がらないケース

興味深いのは3月4日のザポロジエ原発へのロシア軍の攻撃と、3月27日の「ウクライナから強制連行されても死ぬわけではない」とする橋下徹氏の発言に対して、「ネオナチ」について著しく検索数が増えたにもかかわらず「アゾフ大隊」の検索数は伸びなかったことだ。

3月4日から5日にかけて「原発+アゾフ」の単語を含むツイートで話題のツイートとされたものは35件あり、このうちあきらかにアゾフ大隊の陰謀とからめたツイートは18件だった。残りの17件は地域名称としてのアゾフや、アゾフ大隊と原発攻撃をからめた陰謀論への批判だった。

アゾフ大隊の陰謀とからめたツイートのうち「話題のツイート」とされたのは18件

3.アゾフ大隊への関心が意味するもの

「アゾフ大隊」への言及と関心は出来事の重大さに比例していない。そして「アゾフ大隊」への関心が高まったのは難民受け入れや大統領の国会演説といった日本社会に直接関係するできごとが発生したときだった。

「ネオナチ」への言及は概念的で、「アゾフ大隊」への言及は具体的で切実と言ってよい。まるでアゾフ大隊が日本の社会に大影響を与えようとしているかのような解釈で極端すぎる反応だ。

ネオナチ断定派の大多数を占める反ワクチン派はワクチン接種に対して極端で過剰な反応をみせる。劣等感や反感から生じる不安や危機感を正当化して自己肯定感を得るため、さらに不安になる材料を集め、不安や危機感が雪だるま式に膨らんでいく。このサイクルにアゾフ大隊が組み込まれたようだ。

これがウクライナとネオナチの関係に強い関心を寄せる理由だろう。


自己正当化の物語を求める人たち

ワクチンを忌避する理由はさまざまだが、製薬会社や医師が私利私欲のためワクチン接種を勧めていると思い込んでいるならほぼ陰謀論者と言ってよい。

強い被害者意識を抱くがゆえに、悪や敵を設定するのが陰謀論と陰謀論者の特徴だ。

反ワクチンの背景に、専門家、知的エリート、世界的に認められている権威にうまいようにやられて損をしているとする意識があった。

ウクライナ侵攻では専門家、知的エリート、世界的に認められている権威との対極にあるプーチン大統領やロシアが損をしている立場にあると解釈して、自ずと悪や敵はネオナチやアゾフ大隊になった。これが反ワクチン派が共有するパターンとの一致であり、彼らの期待だ。

反ワクチン派かつネオナチ断定派で、新型コロナ肺炎に関しての陰謀論を信じている者は49.4%、福島第一原子力発電所事故について被曝デマを信じたり原発関係の陰謀論を信じている者も49.4%だった。

ロシアの主張を鵜呑みにする反ワクチン派の半数が、被曝デマやコロナデマから反ワクチンデマへと推移してきた人なのだ。

被曝デマでは被害者意識は斉藤和義が歌う「ずっとウソだった」にはじまり、不安や危機感を正当化するため奇形、ガン、鼻血、不妊など次々と放射線の危険性を煽る話題を集めていった。そして雪だるま式にふくれあがった不安と危機感は、広瀬隆著『東京が壊滅する日』と朝日新聞特別報道部著『プロメテウスの罠』という二大トンデモ物語に結実した。どちらも被曝陰謀論者の期待どおりの物語である。

反ワクチン派がロシアの主張を鵜呑みにしてしまったのではなく、被害者であることを正当化したい人たちが期待通りの物語を求めて陥ったのが、ウクライナ・ネオナチデマだったと言ってよいだろう。

そして、ネガティブな情報を集めては組み立てて自分は被害者であると自己正当化する人たちの多くが、現在反ワクチンの立場をとっている。ウクライナ侵攻がどのような結末を迎えても、ロシアは正義でウクライナは悪というパターンをともなった新たな陰謀論が誕生するのは間違いない。

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■東日本大震災後10年を契機に、日本と日本人を見つめなおすプロジェクトに着手しました。コロナ禍のできごとを整理するだけでなく、エネルギー政策の転換、社会運動など一つひとつ検証しています。

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