スワロウテイル人工少女販売処/籘真千歳

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読了日2020/01/01
「第10回センスオブジェンダー賞話題賞受賞作」

ある病の蔓延に伴い、感染した男女が別々の区域に分かれて住まう人工島が関東湾の沖にあった。
感染者たちは生身の異性の代わりに、人を模して作られた人工妖精(フィギュア)と生活をともにしている。

人工島の男性側自治区における自警団、曽田陽平は遭遇した事件の謎解きを知人の人工妖精、揚羽に依頼する。

事件とは連続殺人であり、犯人は通称傘持ち(アンブレラ)と呼ばれており、
被害者たちはみな、子宮を持った男性という不可解な共通点があった。

揚羽は傘持ちを追ううちに、人と人工妖精が共棲する人工島に訪れた危機と直面する。

揚羽ちゃんがイイ子過ぎて切ない。
人工妖精はタイプにもよるのだけれど、彼女ら(男性側自治区のため、登場する女性はほぼすべて人工妖精)はとにかく人のために生きる。

愛されさえすれば、どんな扱いを受けたってかまわない。

不良品を意味する五等級として生きる揚羽は、誰からも愛されることなく生きていくしかない。

それでも揚羽は人工島に住まう人々を愛するために生きていく。
自分は誰からも愛されないとわかっていても、揚羽は生きていく。

なぜなら揚羽は人が大好きだから、だ。

本来なら生きる価値のない自分だから、生きる意味を他者から与えてもらえる希望などはじめから持たず、五等級の揚羽だから可能な人工妖精の処分に従事して生きている。
けれど誰も、揚羽に生きる価値がないとは言っていない。
揚羽自身が自分に生きる価値がないと思いこんでいる。

なぜなら揚羽には双子の妹がいて、彼女は世界で2例目となるはずの一等級扱いされるべき人工妖精なのだが、上手に生まれて来れなかった。
生きてはいる。
だがうまく生きられない。

本当なら妹がきちんと生きて、誰からも愛されて育つはずだったのに、なんの因果か生きてしまったのは揚羽だった。

汚れなく真っ白な翅を持つ(人工妖精の特徴)妹のために、揚羽は彼女が世界に触れ合っても汚れることがないように、世界から悪意をすべて消し去ってから彼女に世界を与えようと必死だった。

でも、人工島で、男女が別々に住んで、人工妖精なんてものがいても、悪意から人間を隔離するなんてのも夢のまた夢だった。

それでも揚羽は諦めなかった。
傘持ちを追いかけ、正体をつかんだ。
傘持ちもまた人から愛されたかっただけ。

はじめからいなくてもよかったと、自己犠牲を厭わない揚羽は連続殺人犯も救う。
連続殺人犯の恋人も救う。
自分の保護者代わりの人工妖精技師も救う。

揚羽を救おうとしても体が動かず、心の手も伸ばし損ねたボーイフレンドも救う。

そして揚羽はみんなの前から飛び立っていく。

誰からも愛されるべきではない、と自分だけは決して救おうとしなかった揚羽は最後、自分の大切な人たちからどれだけ愛されていたか知ることになる。

気づいたときにはもう、伸ばした手は届かなくて。

羽ばたいても後戻りできない場所に、大切な人たちを残さなくてはならなかったけれども。

人がそうであるように、誰かから愛された記憶があれば私たちは生きていける。
心を持つ人工妖精もそれは同じ。

私たちはいつも愛されたいと強く叫ぶけれど、声があまりにも高すぎて他人の耳には入らない。
叫べば叫ぶほど愛は形を崩してしまって、声になるどころか音にさえならない。
感情でもなくなり気持ちでもなくなった愛はやがて心からも姿を消してしまう。
その時私たちは、誰にも伝わらないのだと諦めて一人静かに消えていく。

揚羽ははじめから叫ぶことなんてしなかった。
誰にもこの思いが伝わることなんてないし、自分は伝えられる立場も権利も存在もないから、存在のないモノを他人は理解なんてできないから。

本当は私なんていない方が世界はもっと平和だったはずなのに。

一度でも生きることを知ってしまったら、私たちは生きなくてはならなくなってしまって。
それが重荷に感じることもあれば、これ以上の幸せなどないように感じることもある。

生きてさえいれば、愛しく思う人々が目の前にいてくれて、それが愛だと気づいたときにはもう手の届かないところへと追いやられる。

揚羽という「愛」を失った人々の今後が思いやられる。
一方、「愛」を知った揚羽は旅立った先で生きる知ったを果たして見いだせるのだろうか。

きっと、大丈夫だろう。
愛された記憶があれば、愛することはそんなに難しくない。

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