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親友?

小学校低学年くらいの頃の話。

隣県の母方の祖父母の家のすぐ近くに一個上の男の子、Rくんという幼馴染がいた。自分では記憶がない幼稚園に上がる前くらいから知っている仲だ。

自分たち家族は、夏休みや冬休み、GWなど長期の休みになると、決まってこの祖父母の家に行って、長期間滞在していた。

これは、小学生くらいから高校くらいまで、ずっと続いていて、その後も母方の祖父母たちとの関わりや接する時間はとても長かった。

私も、この自分の住んでいる県の隣にあるけれど、住んでいる県より田舎である隣県のこの地が好きで、ここにくるのは楽しみであった。

この友人と会って遊ぶのも楽しかったし、楽しみにしていた。


ただ、小学生低学年くらいのとき、幼馴染の家であることがあったり、祖父母と同居していた叔母との間にあることがあって以来、この地にくる、祖父母宅で過ごす、幼馴染のRくんと遊ぶことは、楽しいだけではなく、気も使う、安全安心な気持ちでいられる時間や場所ではなくなっていった。

今回は、その幼馴染の家で起こったことを書いてみようと思う。

ちょうど小学校に入るくらいの時、いわゆる「ファミコン」が発売され、そして買ってもらい、その当時の子どもたちが皆そうであったように、自分も熱中した。

そして、祖父母宅に滞在しているときは、ほぼ毎日遊んでいたRくんとの遊びの中でも、ファミコンを一緒にして遊ぶことは多かった。

あるとき、2人で午前中から熱中してやっていると、気がつくとお昼の時間を回っていた。

すると、Rくんの母親から、ご飯を作ったらウチで食べて行きなよと言われた。

その時の自分は、あまり他人の家でご飯を食べることにも慣れていなく、Rくんの家族たちとご飯を食べることになんだか緊張のようなものがあった気がする。

そういうことを気にせず、はーいと食べていくような子じゃなかった。

また、当時の自分は、大人たちを見て、遠慮する…と言う行為を覚え出した時期のような気もする。

そして、はっきりとなぜかはわからないけれど、家(祖父母宅)に帰って食べると伝えた。

すると、Rくん(とRくんの母親もそうだったかもしれない)は、もう作っちゃったから食べて行きなよと、なおさら強く勧めてきた。

しかし、それを聞いても自分は食べて行きたいと思えず、またそう強く言われると尚更居心地が悪く感じ、やはり家で食べると告げ、頑なになって、引き止めるRくんを振り切って祖父母宅に帰ってしまった。

後日、Rくんからこんなことを言われた。

もうご飯用意していたのに、Uくん(自分のこと)がかえっちゃうから、お母さん(Rくんのお母さんのこと)怒ってたんだ。

ショックだった。

怒らせてしまった。

Rくんのお母さんが怖かった。

大人に怒られるのが怖かった。

大人を怒らせるのが怖かった。

もともと、ほとんど強く大人から怒られることはなかった、母親も口うるさいところはあっても、そこまで強い口調で怒られたことはなかった。

ただ、この祖父母宅に行くようになってから、口調がキツく、ときに強い口調で責めるような物言いをする祖父がいて、祖父のことは怖いと思っていて苦手でもあった。(のちに仲良くなり好きになる)

自分は、祖父やRくんの親のように、キツめの物言いをしたり、自分の意思を押し付けてきて、思い通りにならないと怒るような大人が怖くて苦手だった。

そういう大人が本当に怖くて苦手だった。

そういう人は今でも苦手だ。

そんなこともあり、自分はそれ以来、Rくんの家に行くと、Rくんの母親が苦手で、怖くて、恐ろしかった。

Rくんのお母さんに怯えて、顔色をうかがっていたように思う。

その後もご飯に誘われることはあった。

その時は一緒に食べていた。

でも、全然楽しくもなく、味もよくわからないくらいで、おいしく楽しくご飯を食べるような時間ではなかった。

一度怒らせてしまったことから、断ると怒られると思って言うことを聞いて一緒に食べていただけのような気がする。

相手の意向に逆らって、怒らせるのが怖かったから従っていただけのように思う。

このことは、誰にも話さなかった、話せなかった。

なぜだろう。

その当時は、自分が悪かったと思っていた。

自分が相手の意向に逆らったからいけなかった、悪かったと思っていた。

こうして、私は、大人の意向に反したり、逆らうことを避けて従うようにしたり、大人の顔色を伺うような子どもになっていったように思う。

そして、祖父に関しては、一度こんなことがあった。

野球を祖父母宅で兄と私、祖父で見ていた。

野球が好きで、ジャイアンツファンだった祖父は、兄と私に野球でもやれというように勧めてきた。

兄は、うろ覚えだけど、

やるより見る方が好きだから…とか、野球よりサッカーが好きだから…

と言うようなことを言った。

私はと言うと、

いいよ(やらない)というようなことを言った。

事実、野球を見てもそんなにやりたいと思わなかったし、小学校に入り、体育の授業が苦手になり、体を動かしたりスポーツに苦手意識を持っていた自分は、スポーツをやることに興味を持てなかった。

すると、祖父は、

なんでだ!

と怒り出した。正確に言うと怒ってなかったのかもしれないけれど、強い口調で言っていて、私の回答に納得してなくて強く詰問されているように感じた。

私は怖くて泣き出した。

すると、祖父は、


なんで泣くんだ!

とより一層強い口調で声を荒げた。

さらに恐ろしく怖くて余計に涙が出てきた。

その場には母親もいて、私を庇ってくれて、

自分が野球選手だったわけでもないのに
…とかなんとか言って、

それに対して祖父はそう言うことは言っちゃいけないんだよ…とかなんとか、強い口調で怒ったように話をしていた。


それから、祖父の言うことには逆らわないようになっていった気がする。

祖父は、食事のとき、とにかくたくさん食べろ食べろと言う人で、自分は、無理してお代わりしていたりした記憶がある。意に逆らうのを恐れていたり、顔色を窺って食事の時間を過ごしていた。

言うことに逆らったり、意に従わなくて、キツイ口調で詰問されたり怒られるのが怖かった。

祖父が怖かった。

この祖父との関係には、あることが転機になり、少し変わることになるのだけれど、それはまたつづきで。

今の自分が当時の自分に声をかけてあげるとしたら、祖父のことに関しては、本当のことを言っただけなのにね。やりたくないものは仕方がないよ。怒ることないのにね。君は悪くないよと言ってあげたい。

また、友人宅の件は、なんで食べたくなかったのか、本当は食べたかったのか、そのあたりを聞いてみたい。なんとなくRくんの母親が苦手だったり、人の家族と食べるのが落ち着かないなら、無理しなくていいよと伝えるかもしれない。無理して食べても美味しくないし。そして、もう作ってしまったのに帰ってしまったことに関しては、自分(大人)からRくんの母親に謝るかもしれない。そこで、U(自分のこと)はナイーブだったり、知らない人と食べたりするのに慣れていないから、本当は楽しく食事できれば1番なんだけど、本人が無理するようなことは、しないでいいと思ってるんです…とRくんの母親に伝えるかもしれない。

それでも納得しなかったり怒ってたり無理に誘うような親だったら、正直どうしようもないと思う。

それと、いくら自分の母親だからといって、母親が怒っていたとわざと伝えて咎めてくるRくんも、どうかと思う。

友達の方を庇ったり大事にしない子なんだなと。

一時期まで周りや本人に親友だと言われていたRくんとの関係、Rくんも、思い返すと、自分の親や家族の肩を持ち友人をそのことで責めるようなところがあり、それって本当の本当の友人なのか?

それでも親友だったのか?

と、疑問が湧き、今では連絡も取っていない。

三十数年ある意味我慢したり押し込めたり蓋をして続けてきた人間関係を、大人になり、30年ほど時が経ったところで、自分から一方的に関係を経ち閉ざしてしまった。

自分は、我慢したり、抑えたりして、ある時我慢が限界にきたり、ある時ぷっつり糸が切れたり、なにかのきっかけで疎遠になり人間関係を閉ざし断ち切るような傾向があるような気がする。

そして、相手の意に反することに対しての怖さや抵抗、相手の意向に反してしまうようなことを表現することがいまだにすごく苦手でできず、断るのが苦手だったりと、今に至る自分へ、大きく影響と傷とトラウマを残しているような気がする。

つづく。

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