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「28人の女性たちの声をわたしたちに届けてくれる」チョ・ナムジュ『彼女の名前は』

「最近の小学生はなんでも知ってるのよ。昨日配食の時に、明日からストライキですよね。ストライキって何のためにやるんですか?と言われてびっくりしちゃった」
「で、なんて答えたの?」
「あとであなたたちが、おばさんみたいに生きてほしくないからだよって」
「お母さんみたいに生きたら、何がだめなのさ」
(『調理師のお弁当』より引用)

高校生のスビンの母は、給食の調理師をしている。スビンの妹が小学校に上がった8年前、母はふたりが通う小学校で働き始めた。調理師も組員である全国学校非正規労働組合は、正規雇用を求めるストを起こしている。

「子供たちがもぐもぐと口を動かしてごはんを食べてる姿を見ると、かわいく嬉しくなるのよ」

母は仕事を楽しいというが、かなりの重労働だった。何時間も火を使って作業するため、軽いやけどや打撲は日常茶飯事。なかには大怪我をして、障害を負ってしまう調理師もいる。できるだけ安く仕入れるため、泥まみれで皮と根っこがついたままのジャガイモや人参の皮を剥いたり、フライ用の白身魚の骨をひとつひとつ手で取り除いたり。生徒数減少や予算削減でどんどん仕事はきつくなっていく。

組合は待遇改善、最低賃金の引き上げ、上限なしの勤続手当支給などを要求していた。母はものすごくつらそうに、それでもかならずストに参加した。

ストの日は給食がなくなる。トッポギを食べに行くからいいというのに、母はお弁当を準備してくれた。「やばい!」「おいしい!」と母のお弁当に声をあげるクラスメートをみながら、こんなにみんなが喜ぶ母の仕事がもっと認められて、母が安心して働けるようになって欲しいとスビンは強く願う。

調理師の母とスビンが登場する『調理師のお弁当』は、短編集である『彼女の名前は』に収められている28の物語のひとつだ。著書のキム・ナムジュは9歳から69歳の女性60人あまりに話を聴き、これらの物語を生み出した。
(当初は主にルポやエッセイとして新聞や雑誌に発表され、短編集として書籍にまとめるにあたり、一部書き直すなどして、小説の形式の作品のみを収めた、とのこと)

チョ・ナムジュは、1978年ソウル生まれ。名門の梨花女子大学を卒業後、放送作家として多くの社会派番組を担当したのち、作家としてデビューした。代表作は日本でも大きな話題となった『82年生まれ キム・ジヨン』である。

『82年生まれ キム・ジヨン』では33歳の女性キム・ジヨンの人生が細部までこまやかになぞられ、各局面で彼女がどんな痛みを味わってきたかが描写されていた。一方、『彼女の名前は』では年齢も社会的立場も異なる28人の女性たちが登場し、彼女たちの抱える痛みが明らかにされるだけにとどまらず、彼女たちがそれらにどう対峙するかまでが描かれている。

上司のセクハラを訴えても社内で聞き入れてもらえず、SNSで拡散し、裁判に挑むソジン(『二番目の人』)。10数年の勤務で派遣先が3回も変わり、デモによる直訴の末、直接雇用を勝ち取った国会清掃員のジンスン(『20ねんつとめました』)。修能試験を控えながら、同級生たちとろうろくデモに参加する受験生ユギョン(『浪人の弁』)。児童会会長に立候補し、公約で学校内における性暴力廃止などを訴えるウンソ(『十一歳の出馬宣言』)。

彼女たちが泣き寝入りをせず声をあげるのは、決して自分のためだけではない。あとにつづく女性たちに、同じ痛みを経験させたくないからだ。彼女たちの戦う姿は勇ましく格好いいが、そのために引き受けざるを得なかったくるしみを想像しただけで、足がすくみそうになる。
(まっさきに伊藤詩織さんの顔が浮かんだ)

彼女たちが求めているのは、ごくごく当たり前のことにすぎない。誰であっても、どんな立場であっても、同じように尊重され、安心して暮らしていける社会を望んでいるだけだ。

彼女たちの物語は、近年韓国社会に起きた社会問題から切り離すことができない。KTX解雇女性乗務員たちによる訴訟(2006〜)、朴槿恵前大統領の退陣を求めたろうそく革命(2016〜17)、政府による最新迎撃ミサイル配備への地元住民の反対運動(2016)、ナプキンメーカーの値上げ発表をきっかけに明らかになった生活困窮でナプキンが買えない女子の窮状(2016)(これらはほんの一部だ)。

冒頭で紹介した『調理師のお弁当』もそうだが、メディアで目にするこれらの社会問題の背景には、いつだってスビンやスビンの母のような存在がいる。

小学校で毎日食べていた給食はスジンの母のような誰かが作ってくれていたのだし、彼/彼女にもきっと家族がいるのだろう。テレビの画面にうつるアナウンサーや先日乗ったタクシーの運転手さんは、待遇向上を求めて会社と争っている真っ最中かもしれない。スーパーやコンビニに並ぶ生理用品を、買えずにタオルで処理せざるを得ない中高生や、彼女らの無断欠席を心配する(あるいは呆れる)教師たちと、さっき道ですれ違ったかもしれない。

そのことを『彼女の名前は』は思い出させてくれるし、小説の力というのは、そういった小さな声を、読者に届けてくれるところにあるのではないかと思う。

いざとなったとき、彼女たちのように自分も戦えるかはわからない。正直、自信がない。それでも、だからこそせめて、彼女たちには精一杯のエールを送りたいし、その声は惜しまずに、できるだけ大きな声で上げていきたい。

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