【1分小説】午後、マフィンを焼く
お題:あんたが俺をこんなふうにしたんじゃないか、
お題提供元:お題bot*(https://twitter.com/0daib0t)
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きっかけはホワイトデーだった。
「私、卵と牛乳が食べられないのよ。ごめんね」
義理チョコのお返しにとクッキーを買って渡そうとしたら、申し訳なさそうに彼女は言った。
「おいしそうだなあ」
彼女は俺の渡したクッキーを慈しむように見つめた。
「じゃあ、卵と牛乳さえ入ってなければいけるのか?」
「うん。でもそんなお菓子ないでしょ?」
さみしそうな、あきらめたような、そんな顔で笑わないでほしかった。
俺たちの学生時代は90年の前半で、お菓子と言えば卵と牛乳が入っているのが当たり前だったのだ。
その時の彼女が家に帰っても忘れられなくて、1週間経っても1か月経っても1年5年10年たった今でも忘れられなくて、俺は今でもこうしてオーブンでマフィンを焼いている。
「せっかくの休日なんだから、休めば良いのに」
「うるさいな。焼きたいから焼いてるんだよ」
「あなたがこんなに甘党だったなんて。初めてクラスが一緒になった時は、ただのサッカー馬鹿かと思ってたけど」
米粉で出来たマフィンを頬張って、あの時より年を取った彼女が、おいしい、と笑う。
「誰のせいでこんな男になったと思ってるんだよ」
「えー?」
店の休業日が宝物だ。こぢんまりした店の一角で、こうして二人でケーキを食べる。
棚にはパティシエ国際大会で優勝した時のトロフィーが、昼下がりののどかな日差しに照らされている。