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【1分小説】シャンパンの夢の残り香

お題:苦い夜風
お題提供元:即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/)
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 ここまで来れば大丈夫だろう。
 胸の内で跳ねる心臓と上がった息は、走ったせいだけではない。
 どうしてあの人がここに。

 首筋のホクロも、髪の毛が右に跳ねているところも、まるで二十年前と変わっていなかった。
 唯一、彼の左手にはめられた銀色の指輪だけが冷たく光っていた。

 夢中で走ってきたせいで、国道に出てしまった。
 車やトラックがひっきりなしに行き交うこの場所にいると、パーティー会場の喧騒が嘘のようだ。いや、あるいはあの華やかな会場こそが、夢だったのかもしれない……。

 気付けば、右手にグラスを持ったままだった。
 かろうじて残っているシャンパンの残りが、グラスの底で小さな海のように揺れている。
 小さな海の中で、炭酸の泡が星のように、いくつもいくつもとめどなく立ち上っている。

 彼への未練を断ち切るように、私はグラスの中身を飲み干した。
 このシャンパンは、私には甘すぎる。
 深呼吸をする。口にした夜風は苦かった。