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昔話 ライター修行 その9

★ ヘビメタ・メイク講座


 青年漫画誌のグラビアページといえば、たいていが若い女のコの水着写真と相場が決まっているが、あるときこのグラビアページで「お笑い企画」を連続(十回程度だっただろうか)して担当したことがある。

 ちらっとページを開いた読者がニヤリ、あるいはクスッ(本当は「どはは」とウケて欲しいのだが、なかなか思い通りにはいかないのだ)と笑ってくれればOK、という企画なのだが、この埋め草的ページのアイディアをひねり出すのが、なかなか辛い。

 深夜、ワープロに向かって脂汗をたらしながらくっだらない企画を羅列していく様子は、とても人様に見せられたもんじゃない。Tシャツに短パン姿、おまけにすっぴんで「麻雀の役にちなんだお料理レシピってのはどーかな……。素ラーメンの上にどらやきを2コ乗せて"メンタンピン、ドラドラ"なんちゃって。ははは(力ない笑い)。……う~ん、ダメだぁ」

髪をかきむしりながら、ぶつぶつつぶやいたり、意味もなく突然ケタケタと笑い出してみたりと、知らない人が見たら(知ってる人が見ても、だ)アブないヤツそのものである。

「鶴の恩返し」という昔話の中で、若い娘に化けた鶴は
「私が機(はた)を織る姿を、絶対にのぞいてはなりませんよ」
と言って、素晴らしい反物を織ったというが、私の場合は悲しいことに、女を完全に捨ててまで書き上げた企画書が
「素晴らしい!」
と絶賛されることは、まずない。

 ネタに詰まってワープロの前で悶絶すること5~6時間。明け方になって突然ひらめいた天の啓示のようなアイディアに、思わず
「私って天才かも~」
とうっとり。超ハイテンション状態でそのまま一気に企画書を作り上げ、ベッドに潜り込む。

ところが翌朝、その黄金の企画書を読み返してみると、どういうわけか頭を抱えてしまいたくなるようなクズ企画(というより判読不明の文字の羅列だったりする)だった、ということが何度あったか知れない。
 今度、雑誌でその手の記事を見かけたら、冷たく「さぶ~い、この企画」と切り捨てないで「苦労したんだなあ」と、同情して欲しいものだ。


 そのなかで、今でもひとつだけ覚えているのが「ヘビメタ・メイク講座」という企画。当時、大ブームになった「イカすバンド天国(略してイカ天)」という番組に多数登場していたヘビーメタル系ファッションのバンドメンバーを講師にして、ごくフツーの男のコをヘビメタのメイク&ファッションに変身させようというものだ。

 当時は、普通の男のコが髪を染めたり、眉を描いたり、メイクをしたりということがほとんどない時代だったため、かなり新鮮な(キワモノ系の)企画だったと思う。

 偶然、声をかけたバンドの中に「元美容師」のメンバーがいたことで、この企画は順調に進んだ。蛍光ピンクのカツラやヒョウ柄のロングスカーフ、ラメラメ・ギラギラのど派手化粧品に、わざと破いて安全ピンで留めたTシャツ、皮のパンツなど、ヘビメタアイテムを山ほど準備して、いざスタジオへ。

 講師のヘビメタ君は、おびえる体育会系の素人モデルに、さくさくカツラをつけ、くちびるに黒い口紅を塗りたくり、目のまわりには油性マジック(!?)でアイラインを入れ、順調にヘビメタスタイルを作り上げていった。

 ところが仕上げに逆毛を立てるところで、トラブルが発生。重力にさからって真上に尖ったあの独特のヘアスタイルを作るには、私たちが用意したヘアスプレーでは、いまひとつパワー不足だったのである。

なにしろ、50cm近いロングヘアを、天に向かって垂直に立ち上げなくてはならないのだ。超強力ハードムースを1本使っても、ピンク色のウィッグのナイロンヘアーは力無くぐにゃりとヘタってしまう。

ダイエースプレーだな、やっぱり」
 と、メンバー達がつぶやき、バッグの中から取り出したのが、緑色のスプレー缶。スーパーのダイエーオリジナルのウルトラスーパー級に強力なハードスプレーこそが、ヘビメタ君たちの秘密兵器だったのである。

 素人バンドのヘビメタ君、機材やライブ費用、おまけに奇妙きてれつな衣装代の捻出のために、お金が必要であるにもかかわらず、ほとんどがコンビニなどで働くフリーターだ。当然、ビンボーだから、高いメイク道具は買えない。

 でもこの「ダイエースプレー」は、当時395円。ライブのたびに、ひとりでほぼスプレーを1本使い切るヘビメタ君にとっては、そのハードさだけでなく、リーズナブルな価格も魅力的だったに違いない。

 もちろん私は喜び勇んで、そのスプレーを撮影し「ヘビメタ・メイクの必需品」として、どデカく紹介した。これでこのスプレーの売り上げが増えたかどうか、ヘビメタに憧れる男のコの役に立ったかどうか、は関係ない。記事的におもしろければそれでオッケー。

 ダイエースプレーで、ヘビメタに変身した素人モデル君は最初、自分の姿を鏡に映してうっすら涙ぐんでいたが、撮影が進むとテンションがあがり(やけくそになって、キレたのかもしれない)、最後には本物のメンバーと見分けがつかないほどのポーズでカッコよくポーズをキメてくれたので、グラビアページの仕上がりは、なかなかのものだった。

 それから数年後、あのカリスマグループのX―JAPANのビジュアルを生で初めて目にした私。
「あの人たちも、ダイエースプレーを愛用しているのだろうか……」
ということだけが、気になって気になって仕方がなかった。

 今では、スプレー自体も変化しただろうし、メジャーであれだけ売れた人たちが、安物のダイエースプレーを使っているとも思えないが、私のイメージの中では、いまだに「ヘビメタ=ダイエースプレー」なのである。あの緑のダイエースプレーは、いまも売られているんだろうか。そして今でも、素人ヘビメタバンドの強~い味方なんだろうか。いつか、調べてみようと思っている。

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