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BOOK REVIEW vol.088 貴様いつまで女子でいるつもりだ問題

今回のブックレビューは、ジェーン・スーさんの『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎)です!

2014年に刊行された、ジェーン・スーさんのエッセイ。自ら「未婚のプロ」と名乗るジェーン・スーさんが、女性にまつわるあらゆる問題(恋愛、結婚、家族、老後など)に毒と笑いで切り込む痛快エッセイ。 ラジオやポッドキャストで聴くことのできる、スーさんの歯に衣着せぬ軽妙なトークも好き。一見、“毒舌”のようだけど、スーさんの言葉には愛を感じることが多い。そして、モノゴトの本質を見極め、多くの人が“見て見ぬふり”をしがちな部分に、遠慮なく切り込んでくれる“痛快さ”が、スーさんの数ある魅力ポイントのうちの一つなのだろうと思う。

34編から成るエッセイの中でも特に共感したのは、『母を早くに亡くすということ』というお話。スーさんは24歳の時にお母様を亡くされ、その後、“ふたり家族”として生活することになったお父様と、あらゆる葛藤や衝突を繰り返しながらもお互いに少しずつ歩み寄り、関係性を再構築されたというお話が綴られている。

“父親”とふたりきりのぎこちない生活の中で、亡くなった“母親”がどれだけ自分たち家族をうまく繋いでくれていたか・・・その存在の大きさを実感する場面にとても共感し、私自身も母親を亡くした(正確には母が病を発症した)際に、母親の偉大さを痛感したことを思い出した。

母を亡くして初めて、父と私の間にはコミュニケーションの基盤がまったく築かれていないことに気付きました。日常のすべては、知らず知らずのうちに母を媒介にして進んでいたのです。母は緩衝材として、通訳として、私たち父娘の間を上手につないでいたのでした。

『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』P242より引用

我が家の場合、高校生の私が苛烈な反抗期(苦笑)を迎えたときから、母親はすでに父親との間の緩衝材であり通訳だった。言い方を変えれば、まさに“板挟み状態”で、母親にはそれはそれは大変な迷惑と苦労をかけたと思う…。高校を卒業し、京都の大学に進学・就職した後も、私は基本的に母親を介して父親と会話をすることが多かった。反抗期は終わっていたけれど、その方が何かとうまくいくことが多かったから。

その流れが大きく変わったのが、私が20代半ばを過ぎた頃のこと。母親がまだ50代の若さで脳の病であることが判明した時だった。文字が書けなくなり、日常会話ができなくなり、あっという間に私の名前も忘れてしまった時は、あらゆる面で絶望に近い感情を味わった。優しくて、料理上手で、ユーモアに溢れた母親自身の記憶と人格が日ごとに失われていく悲しみと恐怖。正直にいうと、私の中にはこれからは “母親を介さずに” 父親と連絡を取り合っていかなければならないという不安も混じっていた。私の場合は姉と兄もいるので、スーさんのように“ふたり家族”にはならなかったけれど、急激に近くなった父親との距離感にどうしても戸惑いを隠せなかった。

でも今になって考えると、妻が病におかされた父親は、夫という立場でもあり、おそらく私が想像するより何倍もの悲しみや恐怖、計り知れないほどの不安を抱えていたと思う。そして父親は、母親の病の原因は自分にあると言って自分を責めていた。。そんな父親の姿を見ていながらも、自分のことで頭が一杯だった私。今思い返しても、そんな自分の未熟さが残念でならない。

当時の私はまだ独身で、京都の大学図書館で勤務していた。母親の病のこともあり、地元に戻ることを真剣に考えていた時に父親から言われた一言は、今でもお守りのように胸に刻んで残してある。

「帰ってきてくれたら有難いけど、お前にはお前の人生がある。そのまま京都に残りなさい。」

その言葉を聞いて、思わず電話口で涙を堪えた私。おそらく父親は、「本当はこのまま京都にいたい。でもお母さんが心配。どうしよう…」といった私の心の迷いをすべて見透かしていたのではないかと思う。若干の後ろめたさを感じつつも、この時の父親の言葉のおかげで迷いがなくなり、私は京都に住みながら、できる限り帰省の頻度を上げて、母に会いに帰るようになった。

その後、10年以上も進行し続けた母親の病は、私たち家族にとって、言葉では言い表せないほどのつらい経験だった。でも最初はそれぞれ全く違う方向を向いていた家族が、母親の病をきっかけに同じ方向を見るようになり、昔に比べて私と父親の距離も随分縮まったと思う。私たち家族がようやく、「家族」として一つになれたのは、間違いなく母親のおかげ。母自身もきっと、それを望んでいたように思う。元気に生きていた時も、そして病におかされた後も、私たち家族をつないでくれた母親には感謝しかありません。

スーさんと同じく、私たち家族にとっても母親の病と死は、“家族との関係の再構築”のきっかけだった。スーさんの文章には読み手の心の蓋を外し、本音を引き出す力があると思う。それはきっとスーさん自身が、心の蓋を外して文章を綴ってくれているからなのかもしれない。今回のエッセイを拝読して、私もあらためて母親を亡くした時のこと、そして父親との関係性を振り返ることができてよかった。

こちらのエッセイが刊行されてから今年で10年。今度はぜひ最新刊を拝読して、“今”のスーさんの価値観、考え方にも触れてみたいと思う。

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