わたしのSTORY 「好きを仕事に」
大好きなことを仕事に
ママになっても夢は叶う
「職業=ママ」
そんな私が自分を取り戻せたのは大好きな「写真」だった
東京の下町、どちらかというと治安が悪いと言われている地域(笑)
私の実家は商店街にあるお花屋さんでした。
1階が店舗、2階が自宅。両親と弟と私の4人家族。
学校から帰ると「おかえり!」と声をかけてくれる環境は今思うと、すごく良い環境だったなと思います。
お花屋さんってすごく華やかな印象があるけど、実際は朝早いし、水仕事で手は荒れるし、華やかなだけでない裏側も子供ながらに知っていました。
小学生の頃からお店のお手伝いをしていたので、ここで接客スキルと計算スキル(暗算)が身について、「リアルキッザニア」みたいな感じ(笑)
ここに私のルーツがあると思っています。
「喜ばせることが好き」
そんな私が選んだ職業はウエディングプランナーでした。
表参道のフランス料理店でウエディングプランナーとしてキャリアをスタートしました。
職場の方々とお客様に恵まれ、お客様ファーストのホスピタリティを学びました。
「フランスへの移住」
職場で出会った料理人の夫と結婚。
夫の夢だった「フランス修行」のため、フランスへ移住しました。
フランス語ゼロからのスタート。
29歳にして学生になり、フランス語を学ぶ学生になりました。
日本にいる間に一生懸命貯金したお金は早々になくなったけど(笑)、
フランス国内やヨーロッパ各国を旅して回ったり、三つ星レストランに行ったり本当に充実した時間でした。
「フランスで働く」
運よく就労VISAを取っていただき、現地でもウエディングプランナーとして働くことができました。
日本からハネムーンでフランスに来るカップルの結婚式やフォトウエディング、観光案内や通訳など。
大きな仕事としては、モンサンミッシェルでの結婚式とフォトウエディングの立ち上げを責任者として担当したことです。
フォトグラファー、美容師さん、メイクさん、お花屋さん、司祭様。
一緒に働くフランス人たちはプロフェッショナルで学ぶことが多かったです。
私は通訳としてカメラマンのアシスタントをしていたので、その時に写真に興味を持ちました。
「一眼レフを買う」
初めて一眼レフを買ったのもこの時です。
Canon 7D。初心者なのに、ちょっと背伸びして大きなカメラを買いました。
新郎新婦を撮らせていただくこともあったし、フランスやヨーロッパを旅して巡る際も必ずカメラを持ち歩き、たくさん写真を撮っていました。
私が写真を好きになったのはこの時です。
「そろそろ子供が欲しい」
夫も色々なレストランで修行をして、最終的にはミシュラン一つ星をいただくシェフとなり、私も仕事をもち、子供のことを考える余裕が持てた頃には30代半ばになっていました。
(夫と私は同い年です)
結婚10年目に娘を出産しました。フランスでの出産、子育ては驚きの連続でしたが、その話しはまた別の機会に…
出産後には日本から義母さんと、実母をフランスに呼び、一緒に旅行できたことは最高の思い出になりました。
実母は初めてパスポートを取り、初めての海外。ひとりで飛行機に乗ってフランスに来てくれました。すごい行動力、尊敬!
「日本に帰国」
今後の娘の教育のことを考えて10年にわたるフランス生活を終え
日本に帰ることを決めました。
帰国してからはすっかり浦島太郎状態。
生活にはすぐに慣れたけど、子育てについての情報がすっかり抜け落ちていました。
不安をなくすために保険に入り過ぎてしまったり…
夫の職場の関係で、知らない土地での子育て。
友達もいない、情報もない…
そんな環境ですっかり殻に閉じこもってしまったのです。
もちろん、働く気力も湧かずなんとなく専業主婦になりました。
いつの間にか人生の主人公が自分から娘になっていて、そんな人生を何の疑いもなく受け入れていた。
それが幸せだと思っていたのです。
「ママ友ができた!」
子供が幼稚園に通うようになって、やっとママ友ができて子育てにも余裕ができて少しずつ自分を取り戻しました。
それと同時にコロナ禍となり、大変な環境だったけどみんなで助け合いながら子育てできたと思います。
「結婚15周年のプレゼント」
またカメラと向き合い始めたのは結婚15年の記念に、夫にカメラを買ってもらったこと。すっと憧れていたLeicaのカメラ。
フランスにいるときに使っていた一眼レフは大き過ぎて子供のとのお出かけの時に持っていくのが億劫でいつの間にか仕舞い込んでいたから、Leicaのコンデジにしました。
小さくて、かわいい子です(笑)
Leicaってなんだか不思議な魅力があって、値段は高いんだけど持っているだけで幸せになれるんです。
電源を入れた時に「Leica」のロゴが表示されるんですが、それを見るだけでニヤニヤしちゃう(笑)
この話しは長くなりそうなので、このあたりでやめておきますね。
「コロナ禍で見つけた社会との繋がり」
コロナ禍だったこともありカメラを使って始めたのがお家フォト。
コンビニスイーツや有名店のケーキなどを写真に撮ってインスタにあげることを始めました。
DMやコメントでフォロワーさんと交流したり、企業さんから声をかけてもらったり、オンラインで講座を受けたり…
カメラを買って発信を始めたことで世界が広がりました。
「あるカメラマンとの出会い」
子供が小学生になったら働きたいなと思っていたところ
行きつけのカフェのマスターから一人のカメラマンをご紹介いただきました。
この方からフルサイズのカメラを譲っていただき、撮影の仕方、カメラマンのノウハウを教えてもらいました。
そして出張撮影ラブグラフでプロカメラマンとしての第一歩を踏み出しました。
「カメラマンとして」
カメラマンって写真を撮るだけが仕事ではないんです。
どちらかというと接客業の方が大きいのかな。
ゲストさんの不安を取り除き、要望をしっかり聞いた上で表情を引き出して最高の1枚をお届けする。
カメラマンとして歩み出したことで、
「今までやってきたことがつながった!」
と感動しました。
おそらく私よりもキャリアが長く、上手なカメラマンさんはたくさんいらっしゃるかもしれません。
でも…
ウエディングで学んだホスピタリティと、海外で学んだコミュ力でなら勝負できる!
そう思ってフリーランスカメラマンとして活動することにしたのです。
「人生の主役は私」
幸いなことに、素晴らしい仲間に囲まれ、素敵なお客様と出会い、たくさんの喜びの声をいただくことでいつの間にか自分を取り戻していました。
出産前は人生の主人公は「私」だったのに、いつの間にか「娘」になっていた。
でも、今は自分が主人公で、大切な娘と家族と一緒に人生を歩んでいる。
「私の人生最高です!」って声を大にして言えるようになったのは写真と、出会ってくれた全ての方のおかげです。
大好きなことを仕事にしないと人生後悔する
写真を撮ることで、私の人生に彩を添えてくれた。カメラが私の人生を変えてくれて、心を豊かにしてくれたと思っています。
これからは私を選んでくださるお客様にお写真をお届けすること、
私のようにカメラの楽しさを、他の人にも味わってもらえたら嬉しいなと思っています。
写真のある人生はあなたとあなたの周りの人の心を豊かにしてくれると思うから…
その楽しさも伝えていきたいと思っています。
長くなりましたが、私が自分を取り戻したSTORY
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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