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村上春樹さんを読んだことがない人に薦めたい『アフターダーク』の世界観

本日は村上春樹さんの『アフターダーク』をご紹介します。

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濃密で長い、一夜の物語です。

表紙が個人的にうーんって感じだし、タイトルが重たそうだけど。
先入観なしに、手に取って欲しいです。

もうすぐ時計の針が深夜の0時にかかろうとする時間に、私たちは「デニーズ」店内にいます。

窓際に一人の女の子が座っています。
なんとなく目がいってしまう。

"彼女は四人掛けのテーブル席に座って本を読んでいる。

フード付きのグレーのパーカにブルージーンズ、何度も洗われたらしく色のあせた黄色いスニーカー。

隣の椅子の背中にスタジアム・ジャンパーがかけてある。
これも決して新品には見えない。

年齢は大学の新入生というあたり。
高校生ではないけれど、まだどこかに高校生の雰囲気を残している。
髪は黒くて短く、まっすぐ。

化粧気はほとんどなく、アクセサリーらしきものもつけていない。
ほっそりとした小さな顔。
黒縁の眼鏡をかけている。
眉のあいだにときどき、きまじめそうなしわが寄る。

彼女はずいぶん熱心に本を読んでいる。
ほとんどページから目をそらさない。"(p8)

村上春樹さんの作品に出てくる女の子はみんな、ぜったい可愛い!

彼女の名前は浅井マリ。

翌日の朝まで、長い時間を過ごすことになります。
時計が出てくるのも面白いです。
かの有名なドラマ「24」的な感じもあり、意識し始めると時間は途端に濃密に感じます。

それが世間は寝静まっている時間なら、なおのこと。

マリは店内で、男子大学生に声をかけられます。
彼はマリの姉のエリを知っていると言うのです。

エリは地味なマリと比べて、美しい。
モデル経験もあり、マリは姉に少なからずコンプレックスを抱いています。

しかし、エリは2ヶ月前から長い眠りから覚めないでいます。

理由はわからない、だけど家にいるのも辛い。
それでこの日は、夜の世界へと出てきています。

マリはこの一晩で、成り行き上である事件の現場に連れて行かれたりもします。

そこで出会った人たちの人生にも耳を傾けます。

"彼女は言う、「それで思うんやけどね、人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。
その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。

ただの燃料やねん。

広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、火にくべるときはみんなただの紙きれでしょ。
火の方は『おお、これはカントや』とか『これは読売新聞の夕刊か』とか『ええおっぱいしとるな』とか考えながら燃えてるわけやないよね。

火にしてみたら、どれもただの紙切れに過ぎへん。
それとおんなじなんや。

大事な記憶も、それほど大事やない記憶も、ぜんぜん役に立たんような記憶も、みんな分け隔てなくただの燃料」

コオロギは一人で肯く。
そして話を続ける。

「それでね、もしそういう燃料が私になかったとしたら、もし記憶の引き出しみたいなものが自分の中になかったとしたら、私はとうの昔にぽきんと二つに折れてたと思う。

どっかしみったれたところで、膝を抱えてのたれ死にしていたと思う。
大事なことやらしょうもないことやら、いろんな記憶を時に応じてぼちぼちと引き出していけるから、こんな悪夢みたいな生活を続けていても、それなりに生き続けていけるんよ。

もうあかん、もうこれ以上やれんと思っても、なんとかそこを乗り越えていけるんよ」"(p250-251)

さまざまな事情や人情に触れ、なりゆきで再び「すかいらーく」で時間を潰します。

19歳の女の子はこうして長い夜を過ごすのです。

どうですか、面白そうでしょう?

村上春樹さんの作品はたくさんありすぎて、何から読んだら良いのかわからない人も、きっと多いですよね。

1冊で完結する長編小説をお試しで読んでみてはいかがでしょうか。

この『アフターダーク』は比較的読みやすいです。

しかしながら、最後まで読んでみると「物語の着地点はどこ?」
とキョトンとするかもしれません。

「それが村上春樹さんなんですよね」としか、ご返答できません。

すごく観念的なんだと思うんです。
全体的にふわっと余韻を味わう心のゆとりも必要です。

パラレルワールド的な視点で進む作風も、超長編にも繰り返し現れます。

準備体操としての本として、「アフターダーク」はうってつけかと思います。

村上春樹さんは、作品ごとに彼なりの新しい試みをしていくところもすごい。

本作では、登場人物のほかに、不思議な視点をもつ者が現れます。

ひょっとしたら読者なのかもしれないし、風のような鳥のような、魂のような、神秘的な存在です。

ぜひ一度、堪能してみてください。












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