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皆上さん、おこるおこるおこる

前回

 水虫のボーダー君と皆上さんの交際は順調のようだった。
 僕らはこれは何かの気まぐれか、あるいは冗談の類なのかと思っていた。

 でもしばらく彼らを見ているうち、二人はまあまあ出会うべくして出会ったお似合いの二人なんだろうと思えるようになっていった。


 例えば最近皆上さんは、周りに対してよく怒りを露わにするようになってきていた。
 するとボーダー君がまあまあと止めに入る。
 彼女はそんな彼をいきなりビンタして罵ったりする。待ってましたとばかりに。

 ボーダー君はいちおうやめて下さいとかいうのだけど、彼が本気で嫌がってないのはなんとなく分かった。

 皆上さんだって、そういうことをしたくて、色んなことに怒りをまき散らしているように見える。

 

 はじめこそ僕らは動揺してしまっていた。やがてその光景にも慣れてしまった。

 
 二か月ほど経つと、ボーダー君の雰囲気はなんとなくどんよりとしてきた。
 怒られ慣れたみたいに見える。築40年くらいのアパートみたいな。

 体型もあきらかに太ってきた。
 
 彼は僕の一年下なんだけど、中年と言われても差し支えないような見た目になっていた。

 親しい周囲からも彼にそれとなく、もう皆上さんとは別れた方がいいのではないかとか言われているようだ。

 一学年上の僕らの間では、近いうち皆上さんは彼のことを捨てるだろうとか、そういうことが囁かれるようになっていた。


 ただ、渦中のボーダー君本人が不幸かというとまったく違っていた。
 なんだか成績がよくなっているらしい。

 それから回転寿司屋でバイトをしているのだが、スタッフから評判の悪い社長や、それからものすごいクレーマーに気に入られたらしくて、どんどん評価が上がっている。

 二十歳になったかならないかのうちにチーフに取り立てられた。


 交際の方も順調のようだ。
 この前一緒に彼女の実家(京都嵐山の老舗旅館)にあいさつに行ったらしい。
 そこでも、彼女の祖母にあたる大女将が70年ぶりにまともに人を褒めたという逸話を残した。

 連戦連勝といった感じである。


 近くで彼を見ている僕らには、そんな片鱗はまったくうかがえないのだけど。
 


 最近、大学の女子が、彼とすれ違いざま意味深な視線を送っているのを見た。

 彼が女子に呼び止められ話をしている。それを遠くからまた違う女子が射るように見ている場面にも何度か遭遇した。

 バレンタインのときなんて、多くの女性たちからチョコをもらっていた。それで皆上さんに怒られていた。


 僕らまわりの男たちにはこの事がまったく理解できない。

 無人のゴールに何本もシュートを入れられているような気持ちになる。

 ただ確かに皆上さんのような人が惚れる男だ。何かあると思ってしまわないでもない。


 今日も彼は女の子に話しかけられている。
 それを皆上さんが見つけ、耳を引っ張られて連れて行かれてしまった。

 今までは皆上さん怖いと思っていたのだけど、そういう目で見ると、確かに彼がすごい色男に見えてくるような気がしないでもない。

 かくして今日も心の中の無人のゴールに、ボールが次々と突き刺さっていくことになる。


 


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