読書記録9『ナナメの夕暮れ』若林正恭
こんにちは、だるまです。
はじめに
「大人になった」若林のエッセイを読みました。
最近若林ネタが多すぎる気がしますが、そこはご愛嬌ということで。若林の書く文章が好きです。
今回は2015~2018年に連載されたエッセイをまとめた『ナナメの夕暮れ』。
グッと来た部分
グッと来たエッセイが3つありました。
それぞれ紹介します。
1.現実を生きるための
若い頃、ぼくはリアルに生きることを目指していた。この世界と自分の真実だけを芯で捉えて生きてやろうと息巻いていた。それがリアルだと信じていた。
今のぼくはファンタジーを選ぶ。(中略)真実はあまりにも残酷で、あまりにも美しくて、まともに向き合うと疲れてしまうから。真実はたまにくらいが丁度いい。
真っすぐに生きてきて、そのまま生きては行き詰まる、それが大人になることなのかと思いました。
2.ナナメの殺し方
”好きなことがある”ということは、それだけで朝起きる理由になる。
”好き”という感情は”肯定だ”。
つまり、好きなことがあるということは”世界を肯定している”ことになる。
そして、それは”世界が好き”ということにもなるという三段論法が成立する。
自意識過剰すぎて生きていて楽しくなかった若林が、”好き”について述べているのが新鮮でした。そして、無理にポジティブになるのではなく、自分がポジティブになることを諦めて受け入れていることで、生きやすくなったのではないかと思います。
3.体力の減退
昨日より今日の方が感覚的に若くなるということが、実際にあるんだなと驚いた。
それは、何歳になっても”昨日より伸びしろが広がることがある”という新発見だった。
これが掴めたなら、過剰な自意識を連れ去ってくれる体力の減退も悪くはない。
自意識過剰な人間は、年を重ねると楽になって若返る。
最後の一文に感動しました。自意識過剰なところが若林との共通点で共感していたので、この自意識過剰さも薄まると思うと嬉しいです。
変わっていくこと
ひと月の間に、昔のエッセイと現在(といっても結婚前)のエッセイを読みました。
1番感じたのは、
若林、変わったな。みんな変わっていくんだな。
ということです。そこまで昔から追いかけているわけではないので、現在からの視座にはなりますが、エッセイの内容にも文体にも変化を感じました。
自意識過剰が年月を経て薄まり、若返ったのでしょうか。
これからの活躍にも期待です。
かしこ
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