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大学生が考える「日本の教育のあるべき姿」

19歳の時に掲載した学校教育のあるべき姿

これは19歳の時に記した、日本の学校教育への想いである。

学校教育とはなんのためにあるのだろうか。
大学生の今だからこそ考えてみる。

教育とは極限すれば洗脳とも言え、教育は人を作る。そしてその人々は社会を作り、国を形成する。
つまり、教育が上手く回らなければ国は崩壊すると言っても過言ではない訳だ。

教育とはすごいもので、「これが正しい」と集団で教えられると、たとえ間違っていたとしても、その集団の中では正しいこととして成立する。それが連鎖すると国の中で形成された「正しい」が生まれる。「正しい」は本当に正しいのか。正しいとは何なのか。

結局「正しい」や「間違い」を生み出しているのも教育である。だってそう教えられたのだから。

戦争はお互いの国の正しい言い分のぶつけ合いなのだ。

日本人は昔から右に倣えの風潮が強い。
これについては各所で様々な白熱した議論がなされている。右に倣えは悪習であり他国の教育を見習うべきだという声も多くある。
ただ、これについて、国の教育の方向や方法を安易に転換してしまうことは一つ間違えば自分勝手な子供が量産されてしまいかねないということを理解しなければならないと思う。
個性の尊重は推進されるべきだが、自分勝手を許容するのとは訳が違う。変えるべきところと守り続けるべき部分がある。この塩梅を見誤ると日本は衰退していく。
必ず、ここは慎重であらねばならない。

重要なのは自分勝手を許容するのではなく、その子の自信をつける教育である。どんなに高い壁が来ようとも「君ならできる」と言って火をつけなければならない。そこに向かう精神力こそが重要なのだ。

「私はこれは苦手だから諦める」は自分勝手の助長につながる。「私はこれが得意だからもっと極める」は個性の伸長につながる訳だ。

この国のみならず、この世界は多くの人の協働で成り立ち、進化を遂げていく。

1人では成し得ない大きなことも多くの人と協働することで成し得ることができる。

インドは遂に人口ランキングで世界1位に立った。
今やインドは多くの優秀な人材を世界に輩出し続けている。日本は人口減少を辿る一方で、優秀な人材は世界に輩出されているだろうか。例え人口が減少しようとも、あらゆる分野のエリートとして日本人を送り込めば世界において多大な影響を及ぼし、日本も大きな力を持ち続けるだろう。

決して日本がどこよりも上であって欲しい訳ではない。日本が世界の平和をもたらすべく先導すべき使命があると私は思っている。

日本にはその力があるはずなのだ。

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