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「Be yourself~立命の記憶~Ⅱ」第7話

魂の手紙

私達は場所を移動して、2軒隣のカラオケスナックに行った。

扉の位置が少し奥まったスペース。入り口と床は木目で木製のベンチも置いてある。
中に入ると、カウンターが長く続き、背もたれが丸くカーブしたさわり心地のいい、座面の膨らんだ座りやすそうなサーモンピンクの椅子が8個並んでいた。 店の奥と、手前の壁沿いに大きな画面がある。
カウンターの中には、これでもかってくらいズラっとタイの美人女性達が並んでいた。

ニノの行きつけのようで、焼酎のボトルが入っていたが、それを下げて、新しいウイスキーのボトルを入れてくれた。
彼が、タイ語で何かお店の女の子に説明をすると、彼には普通の水割り、私には氷抜きの水割りを出してくれた。

「じゃ、とりあえず、カンパーイ」

そういって、乾杯するとニノが言った。

「じゃ、アイさん、歌ってよ」
「いやいや、誰も客いないし!この状態でいきなり私歌ったら、引かれるから。恥ずかしいし。」
「いいじゃん、大丈夫だよ。」
「いやいや、だったらあなたからお願いします。」
「いいよー。」

彼は、そういうと、慣れた手つきで選曲した。

「ひまわりの約束」 秦 基博

そばにいたいよ 君のために出来ることが
僕にあるかな いつも君に ずっと君に 笑っていてほしくて

なんだろう、歌の歌詞が、自分の聴きたい部分ばかり注目して聴こえてくる。
というか、その部分の字幕を意識して読んでしまうね。しかしまぁ、彼、歌、上手いな・・・。
そして、特に何も考えずに、お姉ちゃんの結婚式で子どもたちが歌ったんだよねー、と言いながらこの曲を入れた。

「ハナミズキ」一青窈

僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように

歌い終わって、ニノのほうを見ると、のけぞってる・・・。
だから引かれるから、ヤダって言ったのに・・・。

「ほらー、引いてるじゃん、なんでー。」
「いや・・・上手すぎて、引くわ、確かに・・・。」
「あ、そういう事?こんなのプロなら当たり前だよ?」
「そうなの?」
「そうだよ、だから私、続けられなかったんだもん。」

そう言って、私は、デビューした後の話をした。
デビューしたユニットではメインボーカルになれなかった事。
かと言って、ソロで活動をすればするだけ、方向性を見失っていき、だんだんと曲が作れなくなっていった事なども。

「あの頃、食べたもの消化できずに吐いたりしてたもんね。」

水道の蛇口から滴り落ちる水の音で眠れなくなったり、踏切の遮断機の音が絶えず頭の中でリズムを刻んで鳴りやまなかったり。
しまいには、音楽を聴くことすら苦痛になり、曲を書くのを辞めてしまった。
歌手になりたければ曲を書け、と言われ続けていた私が、全てを諦めた時。
中学から使い続けていたシンセサイザーRolandのJW-50はその時に壊れた。
16歳で上京した私が、22歳になる前だった。

***

落ち込んでいる彼女を見て、俺は悔しくなった。
あんなに意気揚々と高校を辞めて、上京した彼女の横顔がみるみるうちに沈んでいく。
俺はすかさず言った。

「そんな落ち込んでないでさぁ!」

彼女は、えっ?と驚いた表情で、俺を見た。

「Plus in Plus out ってのがあるんだよ、プラスはプラスを呼ぶし、マイナスはマイナスを呼ぶってのがね。前向きな気持ちでいればいいんだよ。あなたもっと明るい人だったじゃん! そんなのあなたらしくないじゃない。あなた、『いつも元気なアイちゃん』だったでしょ?」

高校の時は、みんなの前に立って何かを発表する時に、いつもそう言ってたじゃないか。思い出して欲しくてそう言った俺に、彼女は大きく頷いた。

「そっか、そうだね!私らしくないよね!」
「そうそう!」
「よし、じゃぁ歌います!ありのままで~」
「いよっ!!」

俺は、ノリ良く拍手した。
そう、それでこそ、俺の元カノ。今この2日間だけは俺だけの彼女。

途中、やっぱ俺の気持ちを、お店の子が察したのか、キロロの長い間を、彼女に歌わせていた・・・。

その後は、家族の事や、生い立ちとか、人生観や色々な話をした。
彼女の子供の写真とかも見せてもらったりした。すげー、彼女にそっくりだった。
子供って、こんなに同じ顔になるのかって思って、やっぱり子供が欲しくなった俺。
自分の分身のような存在が、この世に居るって事がやっぱり羨ましかった。

俺、本当は、いつも傍にいてくれる人が必要なんだ。
18歳で地元を離れて、強がって生きてきたけど、本当は、寂しかったんだ。 心の隙間を埋めるように、色んな人と付き合ってきたけど、どこか満たされなかったりした。
そんな時に、いつも彼女の事や、家族の事を思い出してたんだ。

いつも受け身な俺に、積極的に会いに来てくれたのは、年に一回、地元の親友くらいだった。他の会いたい人には、なかなか会えなかった。まだまだ、自分のやってる事に、自信を持って、胸張って会いたいなんて言えなかった。

俺は、自分の事で精一杯だったのもある。 俺らみたいな、30代くらいの年代だったらそんなもんだろう?
仕事に没頭して、成功を夢見て、がむしゃらに生きてる世代だ。 色んなものを犠牲にして、ただひたすら、自分のやってる事に一生懸命なだけなんだよ。
だから、会いに来てくれる友達は貴重だった。 それが、まさか、君だとは思ってなかったよ。 スゲー嬉しいよ。

俺も、もっと積極的に時間を作って、会いたい人に会いに行くべき時期を用意しないといけない、と思った。
早く、成功したい。そんで、色んな人に会いに行きたいんだ。
自分の事業がやっとうまくいったはずの俺の親父は、未だにタイには行かないって言い張ってるけど。親父は、俺が成功しないと会いに来てくれないような気はしている。

俺は、彼女に、親父が昔からすごく厳しい人なんだっていう話をした。
その時、彼女が言った。

「あ、そこで、さっき言っていた手紙なんだけどね。」
「あ、うん。」
「私、魂の声とかそういうの分かるって言ったじゃない?」
「うん。」

???やっぱ半分くらいしか分かんねーけど。

「まぁ信じられないかもしれないけど聞いて。私、ある方から魂のメッセージを受け取りました。」
「はぁ。」
「ずっと眠れなかった理由は、コレって事を伝えたかったの。さっきなんか言う事、間違っちゃったけど、恋心とかではなくて。このメッセージをね、あなたに届ける為に私ずっと考えていたみたい。」
「はぁ。」
「まぁ、信じてよ。」
「あなたの身内で誰か、この事を心から願っている人が居ませんか?」

そう言って、彼女はバッグから1枚の紙を取り出した。
カウンターテーブルの上の、俺と彼女のちょうど真ん中に、その紙を置いた彼女は、「あ、これ違うんだった。」 と言って、手際よくペンを取り出して、書き直した。

***

昨日のベトナムのホテルの部屋で。
前日に行ったエステでピカピカになった私は、朝早くに目が覚めてしまっていた。
午後に Konami さんと会う予定のレストランの場所を確認しようかと、ホーチミンのホテルの周辺をぐるっと散歩して戻ったけれど、なんだか頭がボーっとする。
途中、朝食のビュッフェを食べに1階に降りて、ドラゴンフルーツを食べ、ベトナムコーヒーも飲んだのに、頭のボケボケが収まらない。色んな考えが、また頭を巡るのに耐えかねて、私は席を立って部屋に戻った。

もう、考えていてもしょうがない。 お土産でも買いに行こう!と思ってポーチから、ベトナムで両替したドンのお札を全部出してみたら、「0」 が多すぎて、全然分からない。 というか、もう、小さい金額順にお札を並べる事すら出来ない。どう考えても、買い物できる自信が無くなった。

というか、何かが私を引き止めているような気がする。
何?誰?

部屋のベッドにお札を雑多に置いたまま、座って考え込んでいた。しばらくすると、お札が邪魔になったので、まとめてポーチに仕舞った。
そしてまた考えた。
誰?私に何かを書け、と言っているような気がする。
彼に伝える事?あぁ、そうだ、さっき書こうと思ったのに、書けなかったんだった。 彼には、私たちに誤解が生じたのは、彼が素直じゃなかったからだよ、と伝えるべきだと思っていたんだった。
そう、パワポに書いた段階では、正直に、という単語を書いたが、「素直に」のほうがしっくりきた。

私は、ペンを取ると、紙を探した。ホテルに据え置きのメモ用紙は無かったから、しょうがないので、昨日のエステの領収証の裏に書いた。

・もっと素直になりなさい。

よし!これだ!これを渡せばいいんだね! さぁ、よく分からない私を動かしている誰か、書きましたよ!これを渡しますよ!いいですねー??

私は心で叫んだ。だって早くお土産を買いに行きたいのだ。
そして、またお札を出そうとするが、頭がパンパンになってくる。
その時、頭の中に、ある光景が、フラッシュバックした。

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場所は彼のお葬式。 参加した私は、彼のお母さんからこう告げられる。
「あなたの事をずっと好きだったのよ。」
「えぇ、知っています。残念です。」
泣きながら、私は答えていた。
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私は、現実に戻った。 何これ。まさか彼、事故とか犯罪に巻き込まれるんじゃないでしょうね・・・。
怖くなった私は、また考えた。
えーと、バンコクにいると危ないから帰って来いって事? あ、違う。
犯罪に巻き込まれるような事をするなって事?
いや、違う。死ぬ前に会いに来いって事? あ、これも違うのね。
何度か自問自答した。 誰が答えを知っているかって?
その時は、正解を導き出すのに精一杯でそんな事、考えていられなかったよ。
そして、私は、考えた結果、ピンときた答えを、黙ってさっきの紙に、追記した。

・海外は危ないから気をつけて

「よし!分かった!こういう事ね! 書きました!これを伝えればいいのね! ・・・あれ?これ、もしかして、彼の・・・お母さん??」

もう、私、部屋で一人で声出して言った。
明らかにちょっと頭おかしい人だよね。普通に考えると。
でもね、これ本当にあった事なの。本当に。

さぁ、もう、2つの言いたい事は書いた!さぁ時間が無くなるぞ!私は買い物がしたいんだー!って思って、ポーチからお金を出した。
でも、「0」 の数が多すぎてやっぱり分からない。並べ替える事すら出来ない・・・。

「もぉぉぉぉぉー!!!!まだ何かあるんですか、お母さん!!!」

私はまた、声に出して言った。 あと、ちょっと笑っちゃったよ。なんでそんなに引き止めるのって。
『あ、あとこれも、あとこれも』って実家のオカンだよ、ホント。

「私に、何を言えと?!」

まだあるんですか?っていうような、ちょっと呆れたような表情になっていたと思う、私。
その瞬間、スラっと答えが出てきた。あまり考えなくても出てきた。

・うまくいかない時はいつでも帰っておいで(意地をはらずに)

私は、すぐにそれをメモした。

さぁぁぁぁー、もういいですね?いいですねー??
私は買い物に行きたいのですよ!お土産を買いたいのです! バンコクでは時間があるか分かりませんので!

そう思った瞬間に、何かがフッと軽くなった。
あれ?居なくなった?何かが居なくなった?

私は、さっきまで起こっていた事が、自分でも信じられなくなってきた。 なんだったんだ、今の・・・。 はぁぁぁぁー、なんか、疲れた・・・。
とりあえず、今日、今これを書いた事を信じて貰えないと困るから、と、ニノにメッセンジャーで連絡をした。
あと、写真撮っておこう。 と、スマホでメモの写真を撮った。

2016/10/30 10:37 IMG_20161030_103753.jpg

自分のやるべき事が分かって、すっきりした私は、やっとお札を数える事ができるようになり、ホテルの部屋を出る事にした。
その時、また何かを感じ取ったので、それは、はいはい、後でやっときますね、と呟いて買い物に出掛けた。

***

彼女は、「あ、これ違うんだった。」 と言って、手際よくペンを取り出して、書き直した。
俺は、その紙を覗き込んだ。

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・もっと素直になりなさい
・海外は危ないから気をつけて
 辛くなったら無理せずに
うまくいかない時はいつでも帰っておいで(意地をはらずに)
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俺の心臓が、ドンって音を立てて動いた。
その直後、目から涙が溢れてきた。
誰なのかはすぐに分かった。いつも俺の事を心配している人だ。
俺は、涙がこぼれ落ちないように、上を向いた。すると、彼女が言った。

「誰だか分かるでしょう?」
「・・・母親だ」

俺は、言葉と同時に、今までの色んな思いと涙が同時に溢れ出て、自然に涙が流れた。
同時に、彼女に対して、母親への感情にも似た安心感と信頼感を感じたんだ。
俺は大きく息を吸って、今日、20年ぶりに再会してから、誤魔化してた事や、隠してた色んな感情をフーっと吐き出した後、謝罪のような気持ちも含めて、彼女に伝えた。

「信じるよ」

彼女は、安堵の表情で、

「良かった。」

と答えた。 そして言った。

「これが、昨日、メッセンジャーで、お母さんすごいねって言っていた理由。 あなたのお母さんの強い想いがね、社内報のカメラマンに Konami さんを撮影させ、主人がそれを見て、私に話をして、私と Konami さんを結びつけ、あなたのところに、私を送り込んだの。たぶん、私の言う事だったら、あなたがちゃんと聞くと思ったんじゃないかな。」

何も言えなくなった俺に、更に彼女が言った。

「お母さん、あなたの事を本当に愛してるのね。」

俺は、もう、涙が止まらなかった。 ハンカチで目頭を押さえて、それでも色々我慢できなくて、

「ちょっと・・・ゴメン・・・。」

そう言って、手洗いに立ち上がった。 洗面台で、俺は咽び泣いた。俺は、母親との長い長い記憶で、頭の中がいっぱいになった。そして、ただ、ただ、恋しさが募った。
会いたいんだよ、甘えたいんだよ、本当は。
子供の頃みたいに、母さんに甘えたくて、辛い時は弱音を吐いて。いつも、母さんは、「そうなんね、そうなんね。」って聞いてくれて、頭を撫でてくれたじゃないか。
いつから俺は出来なくなったんだ。母さんに甘えられなくなって、男として、立派に、って意地を張り始めたんだ。

俺、辛かったんだ。本当は。

一人で海外でがむしゃらに頑張ってきて、ずっと家族と離れていて。
帰ったらどれだけ楽になるだろうって思った時もあった。それは何度もあった。死ぬほど何度も。
その度に、俺、自分を奮い立たせてたんだ。成功するまでは帰らないって。
帰って負け犬になるのはまっぴらだって思ってたんだ。とにかく、今は、俺、自分の事で精一杯なんだよ。
いつ、俺、素直に甘えられるようになるだろうか。いや、そんな時期が来るとは、今は思えない。代わりに自分の彼女に甘えるくらいだ。それすらたまにしか出来ないけど。
母さんが、ボケちゃって、色々と分からなくなった頃に、初めて甘えられるだろうか。そんな事しか思えないよ、今の俺。
ごめん。素直じゃなくて、本当にごめん。
母さんには、心の底から、そう思ったんだ。

***

その後、私は彼とお母さんの関係について話を聞いた。
関東の大学に行く時も、バンコクに行く時も、タイで出来た彼女が居ると話をした時も、お母さんにすごく反対されて大ゲンカした事。
彼は、自分が鹿児島の片田舎でのんびり過ごすだけで収まるような小さな人間では無いって事を散々説明したのに、お母さんは分かってくれなかった事。
連絡を取る度に、彼は自分がいかに頑張ってやっていけているか、立派になっているか、 だから大丈夫だと、話をしているのに、お母さんはいつも心配をして、帰っておいで、と 言う。
そんな母親に苛立ちを覚えて、またケンカをする。その繰り返し。

私、お母さんの気持ちが分かるよ。お母さんはただ、側に居て欲しかっただけ。自分の理解出来ないような、別な世界に行って欲しく無かっただけ。
遠く離れた地で暮らす我が子に対して、不安をいつも抱えていて、出来れば目の届くところにいて欲しいと願っていただけ。

今は、彼がここまで立派になった事を理解して、少しずつ受け入れている事。 でも、まだそのお母さんの気持ちが理解出来ていない彼に対して、今回、私に魂のメッセージを送った事。
私は、偶然そのメッセージを受け取っただけだとは思うけど。 いや、これは必然なのかも知れないし、運命なのかも知れない。

「お母さん、あなたの事を本当に愛してるのね。」

私がそう言った後、やっと、彼の心が何か殻を割って、開くのを感じた。

強い想いはね、世界を動かすの。

第8話に続く
↓↓↓

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