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「Be yourself~立命の記憶~Ⅱ」第3話

突然の連絡

2016年10月11日。

既に旅行の行き先の事で頭がいっぱいの私は、母親が来るのをすっかり忘れていた。
オフィスで相変わらずベトナムとタイの事を調べていると、携帯電話が鳴った。 母からだった。

「今、成田に着いたからねー。」
「あ!ごめん、忘れてた!ウチまでの移動は、バスでも電車でも、分からなかったら調べるからまた連絡してー。」

そう言って、母親からの電話を切った私は、すぐに、父親に連絡した。

「お父さん?話しておいた東京に来て欲しい話なんだけど、お母さんには今日話するから、 今からお父さんのチケット取っちゃうね?」
「あぁーはい、分かりましたー。」

そして、私はすぐに、父用の鹿児島と東京の往復チケットを予約し、子供のお迎えの時間になった頃に足早にオフィスを出た。

その日の夜、母親が寝た後に、私は主人に話をした。

「ねぇ、私、現地に行ったら、不動産の事、ちょっと聞こうと思ってるんだ。」
「なんで?」
「いや、ほら投資したいっていう気持ちもちょっとあるんだけどさ、実は住めないかな、 とかも思ってるんだ。」
「えぇ?ベトナムに?」
「うん、まぁ海外ならどこでもいいんだけど、人生って1回しか無いから、やった事無いことにチャレンジしてみたいとは思ってるんだよね。」
「まぁ・・・ね。」
「だってほら、あなた海外事業部でも仕事は出来るじゃない?」
「まぁね・・、でも、海外だよ?住めるの?言葉とかも。」
「うーん、まぁそれが分からないから現地に行って、実際の生活スタイルを見てきたいんだよね。」
「まぁ、俺はどうかな、と思うけどね。」
「まぁ、私も東南アジアはどうなのかなとは思ってるんだけどね、ハハハハ。」

そして、私は、考えている旅の予定を伝えた。

「あ、そんで、ベトナムの近くにタイがあってさ。バンコクで友達が起業してるからそいつにも会って話聞いてくるわ。高校の時の同級生。タイに12年住んでるって。」
「分かった。・・・それ、男?」
「あ、うん。でもすごい真面目な人だから大丈夫、安心して。トップクラスに居たくらいの人だもん。頭いいけど、顔は不細工。超ブス。」
「ふーん。」
「まぁ、ちょっと現地の情報とか色々聞きたくて。仕事の話もしたくて。」
「まぁ、いいけど。」

少し不貞腐れたような顔をする主人に、私は言った。

「もー、ホント心配しないで?私、あなたの事、すごい愛してるの知ってるでしょ?」
「うん。」
「愛してるよ。だからホントに心配しなくていいから。」
「分かった。愛してるよ。」

この時点では、私、彼への恋心なんか、まったく無かった。
ただ、主人を安心させたかったから、必要以上に彼を卑下しちゃったけど。

翌日の10月12日。

やっと自分のチケットの予約を進めた私は、10月28日(金)の夜出発、11月2日(水)日本着で、特典航空券と引き換えにできる、日本発ベトナムホーチミン行き、タイバンコク発日本着の便の空席を確認した。

ウェブサイト上は、帰りの便のバンコク発の残席が微妙に少ない。もし、ニノと会うんだとすると、彼のいる地域までの移動時間も考慮して、帰りの時間を決めないといけないし、まずはニノに連絡することに。
へへ、びっくりするかなぁ。

そして、私は、彼に、1年10ヶ月ぶりのメッセージを送った。

***

2016年10月12日。
今思えば、この日が、俺の運命を変えた日なのかも知れない。

この日、俺は職場にいた。
去年の9月に自分が代表の会社も立ち上げて、1年が経っていた。

仕事に対する自己啓発本を読み漁ってた俺は、目標を壁に貼って、1年ごとに着実に進めた。
SNSで見た同級生の女子の肩書が代表取締役だったのに触発されて、去年の正月の目標は『自分の会社を作る』に変えた。達成済、赤色で丸印をしてある。
その隣の今年の目標『彼女を作る』の達成が、自分の中ではかなりの達成度の高さだった。

俺の彼女、スゲー可愛い、タイ人。
もう超絶可愛い。瞳の大きな超美人。俺の人生であり得ないくらい素敵な彼女だ。

顧客との会食に使っていた日本料理屋で働いていた女性で、何度も行く内に仲良くなって、会話が増えた頃に、名刺を渡したら、彼女のほうから食事に誘われた。 俺は、喜んで連絡先を交換した。
だって、俺の人生で、こんなカワイイ子と付き合える事なんてもう無いだろって思ったから。大昔に、一度告白された時は、上手くいかなかったけど、今の俺には代表取締役の肩書きがあるから、大丈夫!

話をして、仲良くなった頃に歳を聞き出したら、俺の1つ年下だった。見た目からはもっと若いと思ってた。
俺が会った日本料理屋以外にも、4店舗のマネージャーを兼任している彼女は、仕事の出来る知的さと、その割に外見が可愛らしくて女の子っぽい明るいところがあり、俺はどんどん惹かれていった。
俺の言う事を、言い返したりせずに、素直に聞くところも好きだった。

日本の女の子とは、こんなに心を開いて話が出来た事は無かった。お互いに、そこそこな日本語か、そこそこなタイ語で会話をしていたからかも知れない。
複雑な気持ちは、簡単な言葉にして一生懸命伝えるから、お互いの本音が理解出来た。
日本語だと照れくさくて言えないような、好きとか愛してるって言葉は、タイ語だと簡単に言えた。
言葉で伝えられないことは、行動で伝えるしか無かった。

自分の会社の成長と共に、彼女との仲も進展していった。
付き合い始めて半年後には、俺の実家に連れて行った。結婚前提で一緒に住みたいと。
あと、彼女の宗教である仏教徒になる事も。いずれ、タイ国籍にするかも知れないという話もした。親は微妙な顔をしていたけど、まぁ、後で何とかなるだろ。
彼女との交際を、俺の両親は喜んでくれた。今時、こんな女性は居ないって。俺のような、九州男児な男にはピッタリだと言っていた。俺もそう思う。

そして先月から、彼女と俺は一緒に住むようになった。 子供が欲しいと話もして、出来たら結婚しようと、子作りにも励んでいた。 俺と彼女の年齢を考えると、子供が先のほうが良いだろうとは思った。
36歳と37歳。結婚の準備よりも優先するべき事が子供だろうって思ったんだ。
先に犬も飼い始めた。子供が出来た時に、良い友達になるはずだって。 早く子供が出来るように、っていう願いも込めている部分があった。

俺は、朝、餌をやって、犬と彼女の頬を撫でてから、家を出るのが日課になっていた。 そして、職場で仕事を始めて、そろそろ昼飯だな、何食おうかなって思ってた時に、SNS のメッセージが届いた・・・。

***

・・・観光はスルーかよ。なんだ、相変わらず冷たいなこの人。

同級生が海外から自分の住んでる町に来るっていうなら、普通どこか連れて行くでしょ、と思っている私は、ちょっとした憤りを感じつつ、メッセンジャーの画面を開いたまま、パソコンでフライトの時間を調べて、予約を始めた。

空港はスワナプームのほうが便利という事だったので、比較サイトで見てみると、移動するのにちょうど良い日中の便が見つかった。
私は、画面のキャプチャと一緒に「BKKがスワナプームだよね、ジェットスターで行こうと思いますー。」とニノに送った。

私の、この日のやりとりは、これで終了。

『その時間だったら空港まで迎えに行ってあげる』

これを見た時、私は、チュドーン!という効果音と共に、頭が爆発したような衝撃を受けていた。脳みそ爆発して、おバカになっちゃったのかな?
頭から花束が飛び出し、キラキラと紙吹雪が舞う。頭の上をピヨピヨピヨピヨと小鳥が飛び周っている。

ひた隠しに隠して、閉まっておいた古く切ない恋心の箱の蓋が開いた瞬間だった。

***


『わーい!ありがとう!!!嬉しい!!じゃ空港で!』

これを見た時の俺の顔は、誰にも見せられない顔をしてたと思う。

いやー、なんだろな、俺ちょっと、いや相当楽しみだ・・・。
イヤイヤイヤイヤ、旧友として!懐かしい高校の時の同級生との再会として!女友達だよ!普通に居るだろ?そんな友達。
あれ?居ないか?イヤイヤ居るって! あれ?やっぱ居ないか?普通居ないか??俺も・・・いねーな。
イヤ、だから彼女には旦那も子供も居るんだって! とにかく俺だって彼女居るし、ヘンな事になったらマズいだろ・・・。

その後、俺はこのメッセンジャーのやりとりを、50回くらい見返して、ホテルの話をスルーしていた事と、翌日の観光についてもどうするべきなのか、悩みに悩んだ末に、自分の彼女が寝静まった後に、こう送信した。


眠れない日々

眠れない俺は SNS の画面を見ていた。

にわかに信じがたい、あの彼女からの連絡。
つーか、俺 1 年くらい前に連絡してるんだった。懐かしくて。
だって昔スゲー好きだったもんね。 まさか返事くれるなんて思わなかったよ。
ファーストキスの相手を忘れられる訳ないだろう。

高校の時は、ずっと付き合える自信が無かった。付き合っても上手くやっていける気もしなかったってのが本音だ。
受験の時だって、東京でやっと会えたのに俺がダサいせいで、飯すら食えなかったし。

成人式の時に、「アイちゃんが探してたよ」って誰かが言ってたから、ちょっとだけ期待しちゃったんだよな。
俺を見つけて駆け寄ってきて、CD のチラシ渡して「買ってね!」って言って去ってって。なんでわざわざ俺に?って思ったけど、喜んでCD 探して買ったしな。

だから、俺、成人式の後、電話したんだよな。 今の俺ならイケんじゃね?って思って。
で、電話したら、電話番号変わったってアナウンス流れたから、わざわざ掛け直したな。 最初、いい感じで話したんだよな。
CD 聴いたよ、って言ったら、「わー、ありがとう、嬉しい!」ってすごい可愛く言われて。 俺、超舞い上がっちゃったもんね。
そんで、色々話したんだよな。 どこ住んでるとか、今何してるとか。
で、しまいには、「会いたいなー」とか「だって私、未だにあなたの事好きだもん」とか言ってたのにさ! だから、俺、イケる!今なら付き合える!って思ってたのにさ!

「彼氏居る?」って聞いて、「ううん。ずっとあなたの事が好きだったの。」って言われて、 「じゃぁ、俺と付き合おうよ。会いに行くよ。」って、この流れだ!間違い無い!って思ったから、聞いたんだ。

「・・・彼氏居る?」
「あ、うん、居るよ。」

って、えぇぇぇぇー????違うじゃねーか!流れ全然違うじゃねーかよ!
彼氏居るってどういう事よ!って。 浮気相手として俺と会いてーって事かよ!って、俺スゲー、キレたし、怒ったよな。
そんで、しまいには、「彼氏と別れたら連絡して」って言って電話切ったけど、固定電話に掛けてたし、俺の番号教えて無かったんだった。後からかけ直すの、かっこ悪くて出来なかったんだ、俺・・・。

若かったな・・・。
俺、あの後、強くなったな。 振られた後って、すげーパワー出るんだよな。

俺、彼女の事、絶対見返してやるって、思ったんだった。そん時の大学の教授が、これからは IT だ、起業だ、世界を相手にしろって言ってたから、 俺、すぐに留学決めたし、その帰りに寄ったバンコクでアパート借りて住み始めたし。とにかく、日本に帰りたくなかった。

そんで、誰にも追いつけないような、スゲー男になってやるって思ったんだ。 彼女が芸能界に居て、誰と付き合おうが、そんなヤツが足元にも及ばないようなビッグな男になってやるって思ったんだ。

今の俺なら、彼女と付き合う自信はある。うん、ある。自信は、あるけど・・・。ダメ!俺はやっと幸せを掴んだところ!結婚するんだから!
あっちだって、結婚してるのに、どういうつもりなんだよ・・・。
そう考えながら、俺は、彼女とのメッセージのやり取りを、もう一度読み直していた。

***

私は、10月12日の頭爆発ピヨピヨ事件から、ずっと眠れない日々が続いていた。

食欲もほとんど無くなってしまった。頭空っぽにするためにハマっていたツムツムもやらなくった。TV も観なくなった。ただ、 頭の中を色んな考えがぐるぐるしていたから眠れなかった。

深夜の3時頃になって、まだ眠れないのか、もーぅ、とヤケクソになって、お酒を大量に飲み干すと、やっと眠りにつけた。

朝は6時か7時頃に目が覚めてしまって、また考えていた。
一日2,3時間しか寝てなかった。2週間くらい。

だって、ちょっと待ってよ。 長い間、彼の声も聞いてないし、顔だって写真でしか見てないし、なんなら、彼の顔は全くもってカッコよくもなんとも無いのに、つーかむしろブ・・・まぁいいや。

なんで、こんなに眠れないんだろう。 私、眠れなくなるくらい好きだった?
いや、そこまでじゃないでしょう。いや、どうかな? 好きだったかな?あー、まぁ結構好きだったな。いやすごい好きだったな。
でも、何でだっけ、昔何があったんだっけ? えーと、高校1年生の時、私から告白しましたね。 家に1回行きましたね。なんかマイケル・ジャクソンの CD を聞きながら、「こんないい歌作る人が幼児虐待するなんて信じられない」って言ってましたね。 あ、彼すごいじゃん、分かってるじゃん。マイケル無罪だったし。やっぱ頭いいなぁ。マ イケルの歌が理解できる感性もお持ちなのね。あーステキ。ってイヤイヤ、好きになるなって、今更。

えーと、その後、どうしたかな? 帰り際キスをしてほしいと私言っちゃいましたね。だってめちゃくちゃ好きだったからね。 で、されましたね。彼、怒ってましたね。私、軽い女だと思われましたね。私、泣きましたね。悲しかったね。彼、冷たかったね。 うーん、ほら、やっぱりどう考えても、彼は私の事が嫌いだよ。

じゃぁ、なぜ去年私が結婚して子供がいるのも見りゃ分かるのに、SNS でメッセージ送って来たんだ? なんなんだ?私が芸能人だったから、俺知ってるぜって言いたいのか?今更なんだよ、ふーんだ。
よし、ほらほら、彼の事を好きなワケではな~い。私は今の旦那さんが大好き~。 自分に暗示をかけながら、彼を好きっていう気持ちを一生懸命抑えようとした。

私は、今の生活が大事だし、主人と子供を愛してるよ!それは本当だよ!

とはいえ、旅の予定はちゃんと決めないと、路頭に迷うワケにいかない。
私は、恋心を抑えつつ、いや嘘です、恋心全開のまま、彼とメッセージのやり取りをした。

***

わー、もう予約しちゃったの・・・。早いなー・・・。
もう俺、何も言えなかったよね。
そのホテルのすぐ近くに、飯食うところもあるし、カラオケもあるし、酒飲んで盛り上がったりしちゃったら・・・。

マジで俺の想像が現実になるかも知れないなんて、淡い期待を抱きつつ、週末を通り過ぎた・・・。

↓↓↓第4話へ続く(5/11公開)

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