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【短編小説】マリンライナーに乗って

 今、電車が動き出した。ガコン、ガコンって、十七歳にもなって、生まれてはじめての感覚。この電車はマリンライナーっていうらしい。高松から岡山ってところまで行けるんだそう。私、ずっと高松に住んでるのにバカだから知らなかったわ。
 二十分くらい前。高松駅で「遠くに行きたいんですが!」って駅員さんに元気いっぱい叫んだら、このマリンライナーのことを紹介してくれた。「海の向こうに行けますよ」って言うから即決。そしたら切符を用意してくれて、電車に乗ったことない私に乗り方を一から十まで教えてくれた。こんなバカな小娘に嫌な顔ひとつしてなかった。人ってこんなに優しかったんだって思った。
 
 運良く座れた窓際の席で、大切な切符をなくさないように握りながら外を眺める。知ってる場所はあっという間に過ぎ去って、新しい自然や建物が顔を出す。顔を出してはすぐサイナラ。すごい。すごいよ。今の私、人生で一番速く動いてる。一万キロくらい出てるのかな。わからんけど。
 車内に目をやると、スーツのおじさんとか、金髪のお姉さんとか、杖を持ったおばあさんとか、どこの国から来たのかわからない家族とか、ほんとにいろんな人がそこにいた。それぞれの脳みそ、それぞれの体、それぞれの人生が同じ速さで同じ方向に動いてる。なんかおもしろい。みんな、どんな親に育てられてきたんだろう。どんな嬉しいことや悲しいことを経験してきたんだろう。何を考えてて、何のためにこの電車に乗ってるんだろう。
 そうこうしてたら、窓の向こうに海が見えた。どこまでもつづくでっかくて青い海。静かにゆれる水面が太陽の光を受け止めてきらきら輝いてる。島みたいなのもある。なんか「地球!」って感じ。
あ、そういや今渡ってる橋、、なに橋だったっけ。駅員さん言ってたな。サ行から始まった気がする。うーん……。思い出せないや。まあいいか。
 とにかく、今見てるこの景色、たぶん一生忘れないだろうな。忘れたくないな。そう思った。私、みんなみたいにスマホっていうの持ってないから、がんばって目に焼きつけた。
 ……気づいたらめちゃくちゃ泣いてた。なんかさ、世界ってこんなに広かったんだって。知ってたのに、知らなかった。「私は強い子、泣いちゃダメ」って思ってても涙が溢れて止まらない。Tシャツの袖はもうグチョグチョ。ガラスには薄っすらとブス顔。てか前の席のおじさん笑ってるし。ぶん殴るぞ。
 
 終点の岡山駅に着いたころ、やっとこさ涙が止まった。ちょっと疲れた。ここまで一時間くらいだったけど、アメリカまでは電車で行くとどんくらいかかるんだろう。そんなこと考えながら、ぞろぞろと降りていく人たちについていく。みんなの背中を追えばたぶん出口に行ける。
 ……行けた。みんな慣れた様子で改札とかいうやつをすり抜けていく。乗る時と同じでこれをあの口に突っ込めばいいんだよな。私は切符をぎゅっと握りしめた。
 緊張の瞬間。親のタンスからくすねた金で買った切符を、おそるおそる改札くんの口にあてがう。……カシャン! 吸い込まれた。そして私を歓迎するかのように、祝福するかのように二枚の板が左右に開く。
 越えちゃった。私、ついに海を越えちゃったんだ。
 パパ、ママ…………ざまあみろ‼
 私はアザだらけの自分の体をこれでもかと抱きしめた。

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