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【読書感想】言語は流動的なものーーコーリー・スタンパー著『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』を読んで

コーリー・スタンパー著 鴻巣友季子他訳 左右社 2020年出版

 鴻巣さんや、ポルトガル語の翻訳者木内さんが、翻訳をやっていて、評判が良いから2020年に出版されてすぐ借りて読んでみた。

 ウェブスター辞書の編纂に関わっている方が英語という辞書にまつわる言葉にまつわることが書かれたエッセイ。ちょっと、硬い文章で、読みごたえがある一冊である。日本で三浦しをんさんが『舟を編む』という小説を出版したが、あのように辞書を作っている立場の人たちの内部の声を書籍にしたもの。

 言葉というものは、確実なる正解というか確固たる意味というか、これが正しいというものはなくて、流動的なものということ。辞書編纂をやっていると、この言葉は間違っている、とか、この言葉は辞書に載せるべきではないといったクレームが来るがそれはおかしい、という話がベースになっていて、とても私が日々思うこと、私が言葉というものは面白い、と思う根本的なことが、この著者と深く一致していて、とても面白かった。

 例えば、marriageという語をめぐって、同性婚がうたわれる昨今になって意味を編纂しなおしたら、保守派からすごくクレームが来たという話など、現代の社会を映し出した話で面白かった。また、bitchなどの単語など、しっかり章が割いてあった。

 私が高校の頃、留学してた時、ホームステイしていた家庭が厳格なクリスチャンでFwordsとか、そういう言葉は口にしてはいけません、とかいってすげー厳しい家で、5歳児がなんか納得できないことがあって父親に歯向かうと、because your mam saidと父親は言う。ほんとすげー家庭だな、と自分のホームステイ先の家のことを思っていたのだが、この家族と一年暮らして、これがアメリカなのか、と思った高校生の私は、そうか、映画でしゃべられている英語って、普通じゃないのね、という印象を受けた。しかし、その後やはり、英語話者の文学とかにふれると、こういう言葉はいきいきとした単語であり、論じる価値があり、使わないようにして済ませられる言葉ではないよね、とつくづく思うようになった。それから今になって、この本のようにスラングが堂々と語られる書物に出会うと、私の高校アメリカ留学はやはり、特殊だったんだと思った。でも、広いアメリカを考えると、日本に入ってくるアメリカの姿は都会限定の世界の話ではあると思う。私が居たところがとても保守的で特殊だったのかもしれないが、なにが標準か、多数か、といわれると、まあ、困る国だな、アメリカって。

 新しい英語のことが述べられているのも、新刊を読んで価値があったな、と思ったのだが、例えばmansplainingという言葉は、今では辞書に載るコトバになりつつあるそうだ。man 男性がexplaining説明しそうなこと、のミックスの言葉だそうだ。確かに、2023年の今となっては結構この言葉は定着しつつある。先見の明的なものも辞書編纂者には必要なのね。

 「英語の歴史は、ぐちゃぐちゃの混沌で、論理的にもはちゃめちゃなのがいっぱいあるのだ。なぜなら、英語という言葉は真に民主的で、実際にこの言葉を使っている人と、使ってきた人たちによって完成されたものだからだ」p. 235

 という言葉はほんとうに納得できた。英語という言語はとても民主的だと思う。

 「語源妄信ほど最悪の衒学はない。無意味な個人的見解を大げさに言い立てて、歴史の本質を保護すべしと憂いてみせる。言語は変化する。そこに欠けているのは、言語は変化するということこそが歴史の本質だという事実である。」p. 237

 この言葉も、世界各国にいる「正しい言語」を主張する人たちに届いてほしい言葉だと思った。言葉は変わりつつあるんですよ。

 ちょっとでもアカデミックな環境に行くと、間違った言語の使用などとを指摘する人に出会うが、そんなのどうでもいいよ、と私は思い続けてきた。でも、確かに「食べれる」ではなく「食べられる」でしょ、とちょっとは思うが、変わっていくだろーなとは思う。それを、こっちが正しい言語、と指摘することに生きがいを感じているような人も出会うと、なにかが違うんじゃないかとも思う。

 言語に興味がある人にはぜひ読んでほしいと思った一冊。


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