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安心感が芽生える文章ーー後藤正文著『朝からロック』を読んで

 後藤正文著 朝日新聞出版 2023年出版

 前に後藤さんの『凍った脳みそ』というエッセイを読んだとき、もっと新聞に載っているような文章を読みたいと思ったのだが、その願いかなって、朝日新聞に連載されている『朝からロック』が出版されたので、新刊を購入して読んでみた。

 朝日に連載されいている記事が、章立てになってまとめられて編集されて、一冊の本になっている。私としては、第四章の「どん底から、未来を見ている<世の中の章>」が一番、面白かった章だった。というか、彼が書いてる文章を今まで朝日新聞で読んできた中で、一番好きだと思える文章がこの章に集められていた。

 章のタイトルは「どん底から」だけど、決してそんな感じはしなくて、素直に世の中みてたらこう思った、といった感じの文章で、その脱力加減と、ゆずらないところはゆずりません、といった彼の意志のようなものも感じられる文章で、そこが私は好きである。

 後藤さんの文章って、気張ってなくて、なんというか、ゆるい感じもあるんだけど、自分がないというわけでは決してないのは当たり前なんだけど、超、みんなに主張したいことがあるってわけでもない。要するに新聞にこういう人の文章が載ることって珍しいし、こういう文章が書ける人ってあんまりいないと思う。

 超リベラル思想ってわけでもなく、ノンポリでもなく、音楽家としてとても芯がある。この本の音楽に関する章は、読んでてとても、熱い人だな、音楽愛がある人だな、と思う。ミュージシャンで音楽について考えてることを、こういう風にちゃんと言葉にできる人もあんまりいないように思う。音楽や芸術家って言葉にするのが不得意だと言われているけど、彼みたいに言葉にして他人に伝えていくということは大事で、そういう人、最近の若い人にいないものかね、と思ったし、自分も彼のような、言葉を発信できる人物でありたいと思った。

 この本で印象的だった言葉は、後藤さんが、谷川俊太郎さんの言葉を引用しているところだった。「言葉は、言わないこと、書かないこと、黙っていることまで含んでいるのだと。」p.194

 私は彼の表現力というものに、彼が書かないことも感じ取られるから、彼の文章が好きなのかもしれない。言葉を使うということは、表現力ばかりが問われるけど、書かないこと、言わないことも、含まれているというのは、人間、長年生きてるとふと分かる時があるんだと思う。それは、「沈黙する」と書くことも許されないことであるように私は思う。

 私は朝日新聞の彼の連載を読むたびに、社会的に言葉を発信するってどういうことなんだろう、とふと疑問に思う。ふと思うんだけど、彼のほどよく力の抜けた感じが良くて、新聞に載っていると、こういう人も日本にいるんだな、と思ってちょっと安心感が芽生える。私にとって後藤正文さんという人はそういう人である。



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