所信表明という名の生存報告
いつもお疲れさまです。
地味にやることが多い毎日を過ごしております。
そんな私ですが、先日から型月伝奇研究センターさんのお世話になっていまして、奈須きのこ・TYPE-MOONに関する評論誌『Binder.』に評論を掲載していただく運びとなりました。
私の他にも型月の評論を書こうとしている同志に会えるだなんて夢にも思わず、興奮冷め止まぬままにお声がけいたしました。型伝研の皆さんの型月愛はなかなかに深く、きっと良い評論誌が出来上がるだろうなという予感がしております。
さて。私が寄稿する予定の評論は、noteにも掲載しております『空の境界』の論稿を加筆修正したものです。卒論から改稿したものは既にnoteに載せてますが、これをさらに書き直したいと考えています。卒論の没案と併せると、これで3回目の改稿です。
卒論を書いていた当時の私が未熟だったこともありますが、それから5年の月日が経ち、いろんな知識を蓄えてきたことで直すべき箇所が見えてきたのです。
今回、『Binder.』に寄稿するにあたって、大きく書き直したいポイントは二つあります。
まず一つ目は、奈須きのこが描く「型月伝奇」を尊重した文章に書き直すことです。
「型月伝奇」という言葉は型伝研さんの記事でもご指摘があったもので、TYPE-MOONならではの伝奇物語を指すジャンルです。
奈須氏は菊地秀行氏をはじめとする伝奇小説を昔から読んでおり、その影響は多大なものとなっています。
モノの死が視える線とか、街に蔓延る吸血鬼とか、7人の英霊を戦わせる儀式とか、TYPE-MOONの作品群からは伝奇モノのエッセンスが随所に散りばめられています。
こうした背景を踏まえて、論稿を書き直したいという考えです。というのも、私の『空の境界』論では、「新伝綺」というジャンルは果たして何だったのかという問いを立てて、批判的に論を展開していたのですが、その展開の仕方があまり上手くなかったなという反省をしています。
既存の評価を否定するために文章を書き連ねたものの、先人に対するリスペクトが欠けた文章になっているのではないか。改めて読み返した時にそう感じたのです。
『TYPE-MOONの軌跡』を手掛けた坂上秋成氏の言葉を借りれば、「伝奇と新本格ミステリの融合」が『空の境界』の特徴になります。しかし、未熟だった私はその二つの要素を重要視していなかったのです。
これはアカン! と痛切に猛省しました。
ですので、伝奇的な側面と新本格的な側面が『空の境界』にとって、ひいては奈須きのこの作品にとって重要な要素であるということを受け入れた上で、それとは異なる『空の境界』の本質に迫る展開にしたいと考えております。
次に、書き直したいポイントの二つ目は、奈須きのこの文学性についてです。こちらは修正というよりも追加事項になります。
元々の論稿では、『空の境界』が「境界」にまつわる物語であることを踏まえて、奈須氏が黒桐幹也というキャラクターを通して読者との「境界」を無くして、「この物語にはいっぱい特別な人間が出てきたけど、あなたも特別なんですよ」というメッセージを投げかけていることを指摘しました。
このメッセージの訴え方は、黒桐というキャラクターの特異性と併せて、「両儀式」という神の視点を起用することで成立しているのです。
キャラクターを重視して描くエンタメ小説に、視点の切り替えという文芸表現を組み合わせることで、物語世界の枠を壊すことなく作者のメッセージを読者へ提示する。そこに奈須きのこという作家の文学性があるのだと考えました。
その主張に加えて、奈須氏の作品に登場する主人公たちはある共通点を有していることを新しい論稿で執筆しようと思います。詳しくは『Binder.』を読んでいただきたいので、ここではキーワードだけ記しておきます。それは「傷」です。
とまぁ、こんな感じで評論の方向性について述べてきましたが、要するに型伝研さんのことを応援してね、という話でございます。
TYPE-MOONの作品が好きで、なおかつ評論にも興味があるという方はぜひとも型伝研さんのアカウントをフォローしていただけると幸いです。
そして、2022年11月20日開催予定の文学フリマ東京にて『Binder.』をお手に取っていただければ、型伝研さんの皆さんはもちろんのこと、私にとってもこれ以上ない喜びとなります。
追伸。ガガガ文庫の公募小説の方もちゃんと並行して取り組んでます。あと2ヶ月しかないのですが……。
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