見出し画像

[小説・ユウとカオリの物語] 指切りげんまん -ユウ目線その1-

吸い込まれる用に入った小さなバーで、
君と出逢った。
君はそこでずっと、
僕を待っていてくれた気がしたんだよ。
そう……

僕は君に続く道を、走って来ていたんだ。
------------------------------------

あの日僕は、とても焦っていた。
そして恐怖で押しつぶされそうだった。

 明日だ。明日、僕の人生は終わるかもしれない。あんなこと、してしまったんだもんな。気の荒いあいつに、殴り殺されるかもしれない。まだまだ生きていたかったな。だけどそれも自分で蒔いた種だもんな。仕方ないんだ。いや、だけど正直、僕は怖いんだ。明日何かが起こる。僕は終わるのかもしれない。

 世話になっていた友を裏切ってしまった。今までにないくらいに、怒らせた。自業自得、なんだよな。あいつが悪いんじゃない。悪いのは僕なんだ。何をされても、仕方ないんだよな。
誰かが聴いたら、そんなバカなと、大げさなことだと笑うかもしれない。だけど僕は真剣に、そんなことをずっと考えながら、仕事帰りの道を頭いっぱいに、歩いていた。

ふと、見たことのないバーが目に入った。

 いや、前からあったんだろうな。気付かなかっただけだ。
ウイスキーの銘柄がいくつか書いた看板のある、古びた外観の小さなそのバーが、僕はなぜかとても気になった。

 どうせ明日終わるかもしれない人生だ。最後に飲む場所には悪くないかもしれない。もうここでお金も全部使ってやれ。酔いつぶれて、明日二日酔いで行けば、恐くないかもしれないしな。

カランカラン...…

 少し昭和の香りがするドアを開けると、やっぱり昭和の香りがする店内に小さなカウンター。なぜか、懐かしい香りだった。

「いらっしゃい」

優しそうな初老のマスターが一人。そしてカウンターの奥には、僕より少し年上だろうか。ウイスキーを片手に、静かに飲む女性が一人。まるでそこに溶け込むかのように、気配を消すかのように、静かな佇まいのその人は、ウイスキーグラスを見ながら少し、微笑んでいたように見えた。
...…佇まいが美しい。そんな人だった。

あ、懐かしい香りは、この人からするんだ。

 僕は突っ立ったまま、ただその人を見ていた。彼女はクスっと笑ってこう言った。

「座ったらどうですか。お隣、空いていますよ」

「え、いいんですか?じゃぁ…すみません、失礼します」

 勧められるまま隣に座ったものの、恥ずかしくて顔も見れない。
だけどなぜか、隣にいると落ち着いた。その懐かしい香りに包まれて、まるで明日の恐怖が消えていくようだった。

いやいや。
現実は明日なんだよな。
だけど・・・今日はここで、彼女の隣で、現実逃避していてもいいよな。

 そんなことを思いながら、僕もウイスキー、バーボンをシングルで頼んだ。彼女が飲んでいるのはダブルかな。何飲んでるんだろう。スコッチが似合いそうだけど・・・そう思っていると彼女が少し笑って言った。

「これはシーバスリーガル。スコッチよ」

あ、じっと見てたのがバレたのかな。だけどやっぱりスコッチだ。

「スコッチが好きなんですか?」
「えぇそうね、この甘さがね。好きなのよ。あ、だけどジュースみたいに甘いお酒は...…お酒じゃないわね。...…フフ」

 なんだかクールでかっこよかった。そしてふと見た彼女の笑顔は、優しかった。ホッとするその笑顔に僕は、思わず声をあげて泣きだしてしまった。まずい。涙が止まらない...…初対面の人の前でなんで泣いてるんだ。おかしいと思われるじゃないか。だめだ...…とまらない...…なんでだ?

「あらまぁ...…フフ...…大丈夫ですよ」

 そう言って彼女は微笑んでいた。え?なに?大丈夫ですよって、今言った?大丈夫ですか、じゃなくって??泣きながらも混乱している僕に、ずっと見ていたマスターが言った。

「ここは、泣いても良い場所なんですよ」

 あ、そういうことか。泣いても良い場所...…そうか...…そういやそんな場所、今の僕にはなかったな。そしていつの間にか涙は止まっていて、僕はしでかしてしまった過ちと、明日の事を話しだしていた。

「許せなかったんです。あいつの心無い言動が。だからあいつを陥れるようなことをしてしまった。だけど随分と世話になったんです。僕はその恩を、仇で返してしまった。明日あいつに呼び出されています。正直、なにをされるか…恐いんですよ。こんな、いい歳をして。おかしいでしょう。僕の今回の行動のことも、あいつにも、あいつの友人にも、お前はちょっとおかしいって。言われました。僕がおかしんだと、思います」

 彼女は隣で、僕に耳を澄ませるように静かに聴いていた。ここに入って来た時のように、まるでここに溶け込むように、まるで気配を消すかのように。ただ、静かに聴いてくれていた。そして彼女はこう言った。

「あなたがおかしい人だなんて、カケラも思いませんね。やったことは間違っていたのかもしれない。だけどあなたはおかしくなんてない」

「そうでしょうか?僕はおかしくないんでしょうか?」

「ええ。ここにあなたが入ってきた時、とても真面目で繊細そうな人が来た、そう思ったのよ?きっとあなたの、正義に振れることがあったのでしょう」

そう言いながら少し微笑んで、彼女はこう続けた。

「ね。わたし、来週もここに来るからさ。あなたも来なさいね。約束、しましょうよ。あなたの未来の為に。名前、何ていうの?わたしはカオリ」

「ぼ、僕はユウって言います。カオリさん、僕来週、来ます!必ず来ます!」

 にっこり笑って彼女は、小指を差し出した。少し恥ずかしかったけれど、僕らは指切りげんまんをして、店を後にした。

------------------------------------

 あれから1年。
 僕の隣では、やっぱりカオリがウイスキーグラスを片手に、微笑んでる。
時々カオリはあの時の話を笑ながらするんだ。

「とっても繊細そうな人が店に入ってきてさ。突然泣き出しちゃうんだもん。・・・フフ。あなたの未来の為に、わたしが今出来ることは何だろうって考えたのよ。良いアイデアだったでしょ?フフ」

 そうだよね。良いアイデアだったよ。だって僕は君に合いたいから、あいつにただひたすら謝るんだって、腹をくくれたんだ。

 あの指切りげんまんが繋いだのは、僕の未来じゃない。僕らの未来だった。僕らの未来をつないでくれた、大切な大切な約束。
 それが、「指切りげんまん」。


読んでくださりありがとうございます。初めての長編小説に挑戦です。
2人でそれぞれの目線から、2人の物語を書きあっていきます。
マガジンにアップしていきますので、良かったら最初から読んでみて下さいね。
ユウとカオリの物語|https://note.com/moonrise_mtk/m/mafeab246795b


この記事が参加している募集

#ほろ酔い文学

6,027件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?