[物語]始まりの花火
あの日僕は仕事を終えて、
ずっしりと重い心と身体を、
引きずるように電車を降りた。
駅から出たら、暗いはずの空が
ピカピカと明るくなっていて
ヒュー
ドドドーン
夜空に花火が上がっていた。
駅前には人が溢れていて、
僕は明るくなった空を振り返りながら
少しのため息をついて、
すぐに帰り道を急いだ。
家路への暗くなった田舎道。
街のあちらこちらで花火があがっていて
まばらに人が立ち止まって見てる。
騒ぐ子供たちの声の中に、
ふと、あの人の声が
聴こえた気がしたんだ。
「綺麗よ」
そんなはずはないよね。
でもきっとあの人も
この花火をみてるのかな。
同じ市内だもの。
きっとこの花火を見あげてるんだ。
気が付くと僕は、
立ち止まって夜空に咲いた花を
ずっと見あげてた。
ヒュー
ドドドーン
夜空に花が咲く。
そして咲いた花が散る。
パチパチと小さな音をたてながら。
ヒュー
ドドドーン
パチパチパチパチ
そんな繰り返しの音に
耳を澄ませて聴き入ってた。
あの人はどんな顔をして
この花火を見てるんだろう。
あの人はどんな気持ちを持って
この花火を聴いてるんだろう。
また少し右に顔を傾けて
あの時みたいに
耳を澄ませているのかな。
夜空に咲く花火。
心に浮かぶあの人。
僕も花火を見ているよ。
僕も花火を聴いているよ。
そう呟いてみたら、
まるでこの花火を挟んで
あの人がいるみたいだ。
夜空がまた暗くなって、
辺りが静けさに包まれて、
パラパラとみんな帰ってく。
僕も帰ろう。
静かに歩き始めたら、
重かった1歩が軽くなってた。
心にあの人が浮かぶと
身体まで軽くなるんだ。
ちょっとクスッと笑いながら僕は
軽くなった身体で家路に急いだ。
部屋に帰って一息ついて。
花火の音を思い出しながら、
スマホをあけてあの人のブログをみた。
「花火」
詩があがっていた。
この音が
あなたを励ますといい
この花が
あなたを包むといい
すっと心に入ってきた。
なぜか涙が溢れてた。
そしてなぜか、
このあなたは僕なのだと気づいた。
感動と泣けた想いを、
お礼のメッセージにこめた。
すぐに返ってきたメッセージに
また瞼が熱くなった。
「花火を見ながら、
あなたに思いを馳せました。
詩が届いてよかったです。」
あれから1年。
今日も夜空には花火。
優しい色と優しい音で
僕の家路を照らしてる。
ヒュー
ドドドーン
パチパチパチパチ
やっぱり僕は仕事帰りで
君は隣にはいないけれど、
少し右に顔を傾けて
花火を見あげる君が
笑って僕を想ってるのが
僕の心に感じられるんだよ。
始まりの花火は
君の暖かな想いが夜空に咲いて
重かった僕の心を照らした。
そんな君の
大切な大切な
始まりの心。
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